2009年10月29日 (木)

誠意って何かね?

今日はドラフト会議が終わり、まもなく日本シリーズ開幕です。ファイターズとジャイアンツの対決となれば、北海道は盛り上がります。かつての北海道ではテレビ中継はジャイアンツ戦のみでしたから、ジャイアンツの人気が圧倒的でした。でも、今は違います。

駒大苫小牧が甲子園を制覇し、ファイターズが優勝し、北海道の野球は大変な人気です。

日本ではFA移籍なんかの話はまだですが、海外から帰ってくる人のことがいろいろと報道されていました。ネットで見ていると見出しの中でやたら目につくのが「誠意」の文字。プロ野球界では何か最近やたら使われてないですかね、この言葉・・・

わたしだけかもしれませんが、この「誠意」という言葉・・・胡散臭い感じがして好きじゃないんですよね。そんなんでその言葉を口にする人も胡散臭く感じてしまう。

誠意を辞書で見てみると:うそいつわりのない心。私利私欲のない心。まごころ。ってあります。

「誠意を見せろ」と言われた場合、誠意(ほぼ)イコールお金と思いますよね。球界ではどうやら早く手を上げたとか、よい条件(お金)を用意した。なんていう意味で使われているようです。「誠意を感じた」よりも「熱意を感じた」の方がずっとぴったりな気がしますがね・・・

「グラウンドにゼニが落ちている」と言った監督がかつていました。プロ選手なんだから評価はすなわち年俸です。わざわざお金を「誠意」と言い変える方がよっぽど品がないように見えますが、どうなんだろ。

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2009年9月15日 (火)

積丹岳スノーボーダー遭難事故

今年2月に北海道積丹岳でスノーボーダーが遭難、救助にあたった道警の救助隊が救助の際に雪庇を踏み抜き二次遭難しました。さらに遭難者をソリで引き上げる途中、隊員が疲労し交代のためソリを木にくくりつけ離れた際に木が折れソリは滑落。悪天候のためそれ以上の捜索を断念し、遭難男性が凍死した事故です。
道警によれば、当時、気温マイナス20度、風速20メートル、視界は5メートル、事故のあった斜面は斜度およそ40度とされています。

遺族が救助に過失があったとして道を相手取り、損害賠償およそ8600万円を求めて提訴しました。
ネットではずいぶん話題になっているようですね。
少なくともネット上では遺族を非難する人が圧倒的多数のようです。自己責任がいつも必要以上に強調されるネットの世界ですから当たり前の反応でしょう。

この事故とそれに関する民事訴訟を客観的に見てみると、昨今の医療過誤に関する民事訴訟と似通っている部分が多いなと思います。人の命をあずかる仕事といわれるパイロットや運転手との違いは、医療でも山岳救助でも放置すれば死んでしまう人が対象という点です。医療や山岳救助では一瞬の判断の積み重ねが100点満点でも命を救えないことがあるでしょうし、80点であれば尚更です。いつも100点の自信がある医療関係者や救助隊員はごくわずかでしょう。冬山に入るのは遊びですから当然、自己責任であり救助隊員には責任がないと、今回は多くの人が訴えた遺族を非難しています。じゃあ何で患者が病気になったことに責任のない医療者はいつも責められるんでしょうね。

山についてはまったくの素人のわたしですから自分では判断できませんが、今回の救助隊の装備、力量は日本アルプス、富山県に配置されている救助隊とは差があると言われているようです。なぜ北海道の救助隊がアルプス並みではないのかもよくわかりませんが、登山者の数、事故の件数の違いによるのかもしれませんし、単に貧乏な北海道にそんな余裕がないからなのかもしれません。

救助隊の格差の理由はわからないにしても、医療で言えば首都圏の巨大なセンター病院と地方の中核(とは名ばかりの)病院と例えていいでしょうか。同じレベルを期待する気持ちはわかりますがね・・・。

医療においても山岳救助においても、現場の一瞬の判断が重要なのは言うまでもありません。山岳救助においては隊員の生命も危険に晒されているわけですから、医療においてより判断は困難なものになるでしょう。現場にいない人間があとから暖かい部屋で、救助隊の判断は間違っていたと判断するのは救助隊員にとって過酷だなと思います。医療においては患者さんが不幸な結果に終わった場合、徹底的に今後につなげる議論を行う慣習が古くからありました。これはだれかを非難するためのものではありませんた。しかし、一般の人の多くや司法関係者は検証の中で100%でないことがあれば賠償せよと考え、多くの医療者はそれを理不尽なことと思っています。

なぜ都会と同じ医療を地方で提供できないのか?命に格差があるのか?と言われますが、病院を黒字にとか経営を効率化せよと言っているのと同じ口からこれが出てきたらダブルスタンダードもよいところです。万全の体制を敷くならばお金が必要です。病気と違って冬山で遭難する可能性があるのはほとんどの場合好きで行く人だけですね。真のプロフェッショナルである山岳救助隊を全国各地に配置するのが目的であれば、今回の訴訟はずいぶんやり方が変と思います。道に損害賠償でお金を要求するのではなく、山に入る人たちがお金を道警に寄付するのが筋じゃないでしょうか。

少し皮肉が過ぎるかもしれませんが・・・医師を過失致死で逮捕までした警察は今回の事故について捜査をおこなっているんでしょうか?内部の判断だけで過失なしを認定したわけじゃないですよね。

人が死んだのだからどこかに必ず過失(100点満点じゃないこと)があって、だれかに責任を取らせなければいけないと言う考えはもう止めちゃいけませんか?
最後に今回救助に当たった隊員を心から気の毒に思います。警察はしっかりと心のケアをお願いします。

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2009年8月31日 (月)

院内学級

ドラマ『赤鼻のセンセイ』が放送中です。

入院中の子どもたちが通う病院の中に設けられた学校=院内学級が舞台のドラマです。これまで院内学級がドラ
マに登場したのを見たことないですね。主演は郷土のスター『大泉洋』です。

話の筋はかなりどうでもいいんですが、院内学級を潰してNICUを作るなんてことになってます(笑)。ちょっと無理ある話でしょう。

でもまあ、すごくおもしろいと言う訳じゃないけど、よいドラマと思います。

最近知ったのですが、このドラマの監修として横田雅史教授(帝京平成大学)のお名前があります。
横田雅史先生は自分が小学校の時、院内学級でお世話になった恩師です。当時の旭川市立病院の院内学級にはたくさんの子どもたちが学んでいました。昔は腎臓疾患の子の入院期間が長かったので院内学級はとってもにぎやかでした。

横田先生は自分が院内学級に入って数ヶ月で退職し、その後、大学院にすすんだと記憶しています。それから長い年月が過ぎて、小児科系の学会で文部科学省の病弱児教育のトップとして活躍する横田先生の名前を発見しました。今は大学教授に転じたようですね。恩師である横田先生が病気の子どもたちのために力を尽くしてくれていることを知って、本当にうれしいです。

院内学級の時代を振り返るとほんとに懐かしい。在籍したのは1年半ほど、でも入院期間のほとんどは調子が悪くて院内学級にも通うことができませんでした。ベッドサイドまで来て勉強を教えてくれた先生のことも思い出します。退院後、メインテナンスの入院を繰り返している時も、学校に今ひとつなじめずにいた自分にとって院内学級は安心して逃げ込める場所でした。

考えると自分は恵まれた環境にいたことになります。院内学級は当時、当たり前に存在していたわけではなく、病弱児教育に情熱を注ぐ横田先生はじめとした先生たちのおかげだったんですね。

子どもたちにかかわる仕事はいいものだと、再認識しています。

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2009年8月22日 (土)

夏休み

8月のはじめに夏休みを1週間(+土日の9日間)もらってリフレッシュしてきました。
小児科医になってから、どんなに忙しい時も夏休みだけはしっかり休んでいます。忙しい病院に勤務していた時には前の年の夏休みから1年間1日も休みなしなんてこともありましたが・・・

今は大学病院勤務なので平均すると月に4日間はお休みをもらっています。こう書くとちゃんと休みをもらってるように思えるかもしれませんが(?)、日本にはたくさんの祝日があるんですよね。普通の公務員にとってみると、5月には土日+祝日で13日のお休みがありました。9月にも11日も休みの日がありますね。

師長は全員のナースにどうやってこれだけの休みを付けるか頭を悩ませています。「先生たちは悩まなくていいから、いいわよね!」なんて謎の発言。

平均で月に4日の休みと書いたのは、ゴールデンウイークなんかの祝日も全部ひっくるめての数字です。これってやっぱりかなり少ない。

夏休みをもらうためには、夏休みの前も後もたくさん働かなきゃいけません。先月夏休み前はかなり出張や夜勤が立て込んで、精神的にも肉体的にもぎりぎりでした。そして夏休み明け、スケジュールはいっぱいで休みがないまま3週目に突入してます。精神的にはさすがに夏休み直後なのもあってまだがんばれそうです。でも、わざわざ疲れるために無理して夏休みをとってるような気もしてきますね・・・。
出張+夜勤は月に10日くらい、9日間夏休みをとったら残りの3週間でそれをこなすわけですから辛いのは当たり前です。

地元ファイターズは新型インフルエンザでボロボロになってます。自分たちが新型インフルエンザになったらどうするんだろ・・・

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2009年7月14日 (火)

改正臓器移植法可決

臓器移植法がやっと改正されましたね。

小児の脳死移植が日本で広く行われるようになるには、まだまだ長い年月が必要でしょう。でも、道が開かれた事には大きな意義があると感じます。

これまでたくさんの子どもが海外に渡航し脳死移植を受けてきました。そのための募金を集めているというニュースは何度も目にしています。それに対して、海外で臓器の提供を受けることへの批判、億単位のお金があれば貧しい国の子どもたちを何百人も何千人も救えるんじゃないかという批判・・・なんかも確かにありました。でも、一般に子どもが臓器移植を受けることへの反対意見はごく少数だったように思います。

そんな一般人の感覚を反映した採決結果だったんではないですかね。
多くの人は自分が当事者(臓器提供をする側、される側)になるとはあまり思ってないでしょうから、他人事と言ってしまえばそうなんでしょう。反対している人たちはやはりそこが不満なんだろうなと思います。

臓器移植の発展も大切ですが、脳死の子どもたちを出さないための努力がこれまで以上に必要と感じます。
子どもの事故を減らすための社会の、親の努力、脆弱な小児救急医療の整備など、たくさんの事が必要ですね。

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2009年5月28日 (木)

プラス思考な次男

子どもを連れて地元のサッカーチーム・コンサドーレの試合観戦に出かけました。
最近すっかりファイターズファンになった息子はサッカーにはほとんど興味がありません。地元厚別の今季初戦ということで一人で行ってこようと思ったら、なぜだか自分も行くと言います。聞くとコンサの選手は一人も知らないらしい。でも、今季から夢プランファミリーシートなる席があって子どもは無料、保護者もお安く観戦できます。子どもを連れて行った方が安く観戦できるわけですし、まあいいかと一緒に出かけました。

ここまで子どもが観戦したコンサの試合結果は3戦3分け、すべて引き分けです。
この日の対戦相手は東京ヴェルディ、元コンサ戦士で元日本代表の大黒を擁するチーム。実力はほぼ同じと見ていいでしょう。

試合は厚別の強い風に慣れているコンサが終始優勢な展開。先制点を奪い、追加点を狙いにいくも入らず。終盤、東京に退場者が出てコンサの勝利は濃厚となったものの、今季は終盤の失点が目立ち安心はできません。そして後半ロスタイム、ダニルソン棒立ち!ボールを奪われ大黒にこの日唯一のシュートを決められてドロー・・・

子どもの観戦試合はこれで4戦4分けとなりました。
さぞやがっかりかと思ったら、「4回見て4回とも引き分けなんて、ちょっとすごいんじゃない」と次男。何がすごいんだかさっぱりわからんよ。「1回も負けてないし」と、こいつの頭の中にはオレ観戦試合の不敗神話ができてるんか?

さらに・・・「今日一番うれしかったのは大黒が手を振ってくれたことかな」だと。(注・・・大黒はこっちを見て手を振ってたけどオマエにじゃない思うぞ)
たいしてコンサに思い入れのない次男にとっては、元日本代表大黒の活躍の方が印象的だったわけね。

うすうす感じてはいたものの、次男のプラス思考には恐れ入るばかり。やっぱり人生プラス思考の方がお得ですね。

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2009年5月17日 (日)

小児の臓器移植

このブログの前身であるHPを立ち上げのは日本で臓器移植法が成立してからまもない頃でした。臓器移植について当時思ったことを書いたのを覚えています。

長い間たなざらしになっていた子どもの脳死臓器移植が再び議論されています。きっかけは世界保健機関(WHO)が海外での移植の自粛を促す指針を出したこと。これまで日本では15歳以上でなければ臓器提供の対象となりませんでした。ですから、体の小さな子どもへの心臓移植などは国内では事実上不可能でした。

マスコミを通じて海外での臓器移植を行うために募金活動が行われているの目にする機会はしばしばありました。心臓移植を行うためにアメリカ、ドイツなどに渡った日本の子どもは数十人に上ります。アメリカでは心臓が余っているから日本の子どもにも提供されるかと言えばそうではありません。アメリカ人の子どもが移植待機中に亡くなっているのが現状です。その中で海外での移植が制限されることは仕方ないことと言えるでしょう。

最近の新聞、ニュースで時おり子どもの脳死について取り上げられています。移植を受けられずに子どもを亡くしてしまった家族、脳死と判定されながら何年も心停止とならずにいる子どもを持つ家族、どちらの家族の想いも子を持つ親であれば理解できるものです。

わたしにとっては、日常の仕事の中でも経験することです。脳死となりながらも心臓が動き続け、体はどんどん成長して大きくなり、歯も生えてくる。そんな子どもを目の当たりにして子どもの強い生命力を感じることもあれば、移植でなければ生き延びることができない子どもに出会うこともあります。想いは複雑です。普段からそんな現場にいる自分でもクリアカットに結論を出すのは難しいと感じます。医師としての科学的な部分では脳死が人の死だと理解できますが、実際に脳死の子どもと接し、自分の子どもにそれが起こったとしてどうかを想像すると理屈ではどうにもならない想いも湧き上がってきます。

世界基準で考えれば脳死は子どもにおいても死とするのが常識です。脳死と判定されながら自発呼吸が再開した例なども報告されていますが、意識が回復することはありません。従来の心臓死では、死亡宣告のあとほぼ完全に回復した例が存在しますから脳死の方が厳密な死であるのは間違いないでしょう。

仮に日本でも子どもの脳死移植が認められたとして、恩恵を受けられるのは移植を必要とする子どものごく一部にしかなりません。でも、少数であっても生きるチャンスをあげたいと思います。

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2009年5月 1日 (金)

NICU増床

昨年から妊婦、新生児の受け入れ困難事例が相次いだことが社会問題となっています。その中で妊婦を受け入れられない理由の半数以上がNICUベッドの不足であることが徐々にクローズアップされることになりました。

NICUで働くのは小児科医の中でも新生児を専門にする新生児科医です。通常、小児科医としての修行を終え小児科専門医を取得し、そこから新生児専門医としてさらに修行をすることになります。自分が新生児専門医としてある程度独り立ちできたと思えたのは医学部を卒業してから10年以上経ってからです。

北海道は地理的に非常に厳しい条件を持っています。首都圏であればNICUと呼ばれるところには専門医が数人、その下に修行中の若者が数人。どんなに少なくても5人、多いとこでは10人以上のスタッフを抱えています。(そうじゃない所があるのも承知していますが)しかし、北海道の地方ではほとんどの施設で専門医は1人だけ。(他の小児科医が助けてはくれますが・・・)札幌ですら専門医1人のNICUが存在します。

どこもそうですが、北海道もNICUが足りない。ほとんどの時期は問題ないのですが、患者数には波があります。まれにやってくる大きな波に耐えられるNICUベッドはないのが実情です。社会問題化したことで、NICUを増やそうという動きが広がっています。国からも市からもお金がやってきます。でも多くのお金は機械にしか使えないお金・・・人件費になるお金はもらえません。まあ仮に人件費になるお金をもらえたとしても新生児科医がいないんですけどね。大学でNICUを増床するにあたり、「地方から医師を引き上げることはないように」とのお達しです。

ならどうしろと・・・新しく育てろってことですよね。

必要なのは新生児科医だけではありません。看護師にとってもNICUは非常に高度な専門的知識を必要とします。重症児を看るにはかなりの期間を要します。

本日からうちのNICUも増床して再スタートです。行政は責任を果たしたことになり、マスコミは自分たちの報道のおかげでNICUが整備されたと自画自賛・・・。

NICUでの仕事は本当にやりがいがあります。それだから、がんばっていられるんですけど。でも、連休が1回もないGWの勤務表を眺めていると・・・何とも言えませんね。

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2009年4月 9日 (木)

盗用されてる!!

驚きました。

googleの検索でいろんなサイトを見ていると・・・・んっ・・・何これっ!

わたしのブログのエントリーの盗用じゃないか。一行だけ書き加えてるけど・・・。

何だこれといろいろ見てみると、他にも盗用されてます(怒・・・)

小児科医の戯言 ~Episode1~

↑これです。

プロフィールからすると同じ小児科医なのかな?

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2009年3月28日 (土)

やりきれない気持ち

きのう、東京女子医大心研での心臓手術で女児が亡くなった事故の東京高裁判決が出されました。

亡くなった女の子に対して、心からご冥福をお祈りします。子を持つ親としてご両親の辛さも少しは理解できるものと思っています。

判決結果は無罪でした。この裁判で罪に問われていたのは手術を執刀していた医師ではなく、人工心肺を操作していた医師です。詳細をご存じない方はネットでも新聞でもたくさん情報があるので読んでみてください。

わたしは専門外ではあるものの、この事故について被告の佐藤医師は100%無罪であると確信していました。なぜこのような冤罪が生まれたのか?ずさんな(悪意の?)内部事故調査報告書を書いた女子医大幹部、検察、マスコミ、それぞれがこんなひどい事件を作ってしまったんでしょうか。

佐藤先生、本当にお疲れ様でした。

それにしても判決後のマスコミ報道を見ていて落胆を隠せません。大野病院産婦人科医師の無罪判決後の報道も同じでしたね。どう読んでも、無罪の医師は立証はできなかったものの犯人だと決めつけている内容です。患者が亡くなったのだから誰かがどこかで過失を犯したはずという思い込みから記者は逃れられないのでしょうか。

これまでの冤罪事件報道を見れば、冤罪被害者が取り返しのつかないダメージを人生に受けるのをマスコミが知らなかったはずはありません。

多くの一般の人は、医療裁判では犯人を罪に問うことができないのか?と思ってしまったでしょう。本当に悔しいですね。ますます医師と患者の溝は深まるばかりです。

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