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2006年6月28日 (水)

患者の立場、医者の立場

自分が患者として長く小児科に関わってきた事が、今の仕事にプラスになっているのか?
人には患者の立場で考えることができるでしょうとよく言われます。でも、小児がん患者であったことは今や完全に自分の一部分です。小児がんになっていなかったら今の自分は存在しないわけで、医者にもなっていなかったでしょうきっと。小児がんにかからなかったのに医者になっている自分は想像できません。
普段は自分が患者であったことを意識することはまったくありませんが、時折患者つまり子どもの視点でものを考えることはあります。そして最近よく意識するようになったのは親の立場です。今や患者、医者、親すべての立場を経験したことになります。親でなかった時とは若干ながら意識の変化があった気はしています。
患者、医者の二つの立場からモノを考えると、親とはしばしばぶつかることがでてきます。親は自身が子どものことを一番考えているつもりになっていますが、実際にそうなっていないことも多いわけです。医者になって経験の浅い頃は親と言い争いになることもありましたが、今はもう少し上のほうから俯瞰的に見ることができるようになったように思います。
親が感じるいい小児科医が、子どもにとってのいい小児科医でないこともあるのが難しいところかもしれません。自己満足の親にならないように自身も省みなくてはいけませんね。

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2006年6月26日 (月)

北海道の小児がん経験者の会“まりも”

やっと北海道でも小児がん経験者の会が発足する事になりました。
わたし自身、発足に向け一時がんばっていましたが、札幌を遠く離れてしまったこともあり実現できませんでした。とうとう北海道でも会発足との連絡をもらってうれしいです。

会の名前は「まりも」です。

入会の条件は小児がん経験者であること、自分の病気、病名を知っていること、自分でまりもに参加したい人となっています。告知を受けている本人で、本人にその意志がある人と言う事ですね。親が強制するものではありません。
会の目的は、小児がんを経験した仲間で集まって、自分の経験や悩みを話したり、どこかに出かけて行ったりみんなで楽しもうと言う事です。

まりもに参加したい、話を聞いてみたいと言う方は下記にご連絡下さい。
〒064-8506 札幌市中央区南4条西10丁目北海道難病センター内
がんの子どもを守る会北海道支部 ソーシャルワーカー 斉藤秀子
Tel/Fax 011-511-0610(火、木曜日 10〜16時)

ブログ管理人 yqk03136@nifty.comまで連絡いただければ、斉藤さんのメールアドレスをお教えします。

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2006年6月24日 (土)

ワールドカップ

日本のワールドカップが終わってしまいましたね。サッカーの戦術なんかはさっぱりわからない自分も昨日は早起きしてブラジル戦を見ました。
奇跡を夢見ても実力差は誰もが知っていた事ですから、仕方ない結果でした。
印象的だったのは中田英寿選手。
今まで見せた事のない姿に少し驚かされました。もともとクールな彼のファンでしたが、じんときましたね。
フランスへの予選で活躍した中田選手がセリエAに移籍した初戦ユベントス戦は、夜中にLIVE中継を見ていました。当時のユベントスはフランスで優勝したジダンが中心のチームでした。中田選手は弱小チームに所属しながら互角に渡り合い2得点。確か2対3で負けたものの、あの試合での興奮は今でも忘れません。興奮で全身が泡立つ感じでした。
間違いなく自分にも他人にも厳しい中田選手は、代表チーム内では必ずしも中心ではなかったようですね。でも、世界の厳しさを一番良く知っているだろう彼が、自分自身さらに飛躍して日本を上に引っ張っていく役割を果たして欲しいですね。プレーヤーとしてのピークを過ぎていくだろう中田選手が、これからどんなふうに若手選手に接していくのか見ていきたいと思います。

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2006年6月22日 (木)

小児がん治療の今昔

来週で治療を終了する子がうちの病院にいます。ほぼ2年の治療期間です。
思い浮かべてみるともう20年以上の開きがあるのですから当たり前ですが、治療や検査は大きく様変わりしています。変な話ですが、うらやましい気持ちにもなります。昔お子さんを亡くされたご家族にすれば、うらやましいなんていう事ではすまない複雑な感情があるかもしれません。
まず何よりも昔は点滴のためのよい留置針がありませんでした。翼状針で抗がん剤なんて大変でしたよ。漏れちゃ大変なくすりを固い針から入れるんですから。布団がぶつかっちゃいけないと、手をベッドに固定した上でミルクの缶を半分に切ったのを被せて布団が当たらないようにしてました。今のやわらかい留置針はいいですね。昔はすぐに腫れてしまう点滴を何度も刺し変えなきゃいけなくて、洗面器にぬるま湯を入れてそこに手を浸して点滴を待っていたのを思い出します。吐き気止めの進歩も大きいですね。昔はプリンペランとかコントミン、今はカイトリルはじめいい薬がたくさんあります。吐き気は闘病の中でも本当につらかった思い出です。外来治療になってからは木曜日が毎週抗がん剤の日でした。毎週木曜日は吐き気を紛らわせながら、ザベストテンを見ていました。懐かし映像で出てくるザベストテンの久米さん、黒柳さんを見るとそれを思い出します。検査の進歩も著しいものがあります。超音波もCT、MRIも何にもありませんでした。病気の広がりを確認するために試験開腹(今じゃほとんど死語ですね)、リンパ管造影(昔は婦人科医に必要な技術だったらしい)なんかをやって、その傷跡が両足の甲、お腹に残っています。
進歩した小児がん治療にもまだまだたくさんの改善点がありますし、何よりもまだ治癒率が100%じゃないですからね。専門の研究がどんどん進むよう期待しています。

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2006年6月19日 (月)

骨髄バンクからの手紙

わたし自身はもちろん骨髄バンクに登録する資格がありません。悪性腫瘍の既往がある人は当然ダメなんです。しかし、以前に骨髄バンクのお手伝いをさせてもらった時に、妻が登録していました。それから数年経って最近になり、ドナーにリストアップされた事を知らせる封書が送られてきました。
ドナー登録する要件は以下のようなものです
・年齢が18歳以上、54歳以下で健康な方(※骨髄を提供できる年齢は20歳以上、55歳以下です。)
・骨髄移植の内容を十分理解している方
・骨髄提供について家族の同意を得ている方
もちろんこの内容は知っていたわけですが、いざ話が具体的になってみると家族の中にはいろいろな思いがあるものだとわかりました。妻本人は事故があったら子供たちはどうしようという不安、妻の両親も健康であるのにリスクを負うことに不安を抱いているようです。わたし自身は不安がないという訳ではありませんが、いつもリスクを背負って仕事をしている職業柄か、事故についてはあまり心配はしていません。ドナーが見つからずに亡くなった子を見た辛さはもう二度と経験したくないものです。
家族みんなが納得した上で、骨髄提供できればと切に思っています。

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2006年6月17日 (土)

今日も雨

6月は雨ばかり。本来、梅雨がない北海道にも蝦夷梅雨と言う言葉があります。気象学的に梅雨前線と何か繋がりがるのかはまったく知りませんが、時に雨ばかりの6月が北海道にもあるんです。運動会シーズンですからがっかりしている人多いじゃないですかね。

木曜日は当直でしたが、これが大変でした。未熟児の入院に始まり、救急車も片付いたと思ったらまた次、PHSが鳴り止まず朝になってしまいました。最後の救急車がもっとも重症ですっかりボロボロです。結果が悪いと気持ち的にも疲れが取れません。早めに帰宅し夕食をとってソファでテレビ、NHKのデータ放送を操作している途中で意識消失してました。家人に過労死してるんじゃないかと疑われてしまいました。半日寝ていたものの、体が重い・・・。

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2006年6月14日 (水)

航空業界の危機管理

先月の新聞記事に北海道の航空会社エアトランセ欠航の事がでていました。旅客機の操縦士は航空法によって連続する7日間のうち1日以上休暇を取る決まりがあるそうです。これを読んでなんてうらやましい話、でも危機管理ってこんなものかなと思ったりしました。
わたしたちは患者の具合が悪ければ2週間も3週間もずっと病院に缶詰で治療にあたります。あまりに疲労困憊して病棟から医局にもどる階段で転がり落ちた事もありました。重大な事態にはつながらなくても、ケアレスミスを犯してしまったことも当然あります。こんな状態で起こってしまったミスであっても結果が悪ければ業務上過失致死、ひどければ逮捕なんてことになるのかもしれません。
エアトランセ欠航の際、乗客はみんな納得してくれたそうですが、病院はどうでしょうね。○○医師は連続勤務禁止規定に抵触する恐れがあるので、本日は休診です。なんて張り紙出したらみんな納得してくれるんでしょうか。医師を増やしただけでは今の状況を解決できないにしても、事故を減らすために少なくともワークシェアリングは今の小児科には絶対に必要な事と思います。

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2006年6月12日 (月)

病棟の思い出

自分が病気になって入院したのはもう昔の事です。もう27年も経ってしまいました。このブログでは、散り散りに思い出した事を思いつきで書いていこうかなと思います。

まずは、前の記事でネフローゼだった方からの書き込みがあって思い出した事から始めます。
わたしが入院していた頃の小児科病棟は入院患者が非常に多くて、急性疾患病棟、慢性疾患病棟の二つに別れていました。自分達小児がんなんかの疾患は長期入院でありながら急性疾患病棟、慢性疾患病棟の大半は腎臓病の子達でした。当時の院内学級は小学校が2クラス、中学校1クラスの3教室で人数もけっこうたくさんいました。急性疾患病棟の子が慢性疾患病棟に立ち入ることはなく、しばらくは謎に包まれた場所でした。友達はそっちの方が多いのでうらやましいなと感じていた事もありました。あの頃一緒にがんばっていた仲間と再会してみたいなあと強く思います。

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2006年6月11日 (日)

子供とお昼寝

きのうは結局呼び出しはなく、雨でもあったので日中は子供とお昼寝でした。風邪薬を飲んでいた次男が寝てしまって、その横で自分といつの間にか長男も一緒に寝てました。夜はワールドカップ観戦とだらだら過ごしました。

今、夏休みに向けて旅行を計画中ですが、将来時間が経った時に親にとっては旅行よりもこんなのんびり子供と昼寝したことの方が大事な想い出になるのかなって考えていました。

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2006年6月10日 (土)

週末は待機

さっそく愚痴っぽくなりますが、われわれの仕事には完全なオフというのがほとんどありません。都会のNICUでは出番の時あるいは決められた待機日以外は完全なオフ日があるのでしょうが、北海道の片田舎では無理な話です。ふと考えてみると今年も半年が過ぎようとしていますが、まだ休みはゼロです。病院に行かなかった日は1日もありません。年末12月に学会に出かけたのは休みとは言えないし、最後の休みは昨年の9月だったなあ。がんばれている一番の要因は仕事が好きだって事なんですけど、こんな世界にどれだけの後輩が飛び込んできてくれるのか不安になります。
こんな仕事を強いられているのに、患者の要求は強まるばかり。24時間対応しろと外来で無理を言われ、入院中の家族からはお父さんの仕事が休みの日(日曜日はこちらも休みですよ、休んでないけど・・・)に説明をしてくれと言われ。権利ばかりを主張する意識の高まりは止まるところを知らないですね。
便利さにはコストがかかるものと言う考えが、なぜこれほどまでも理解されないのか不思議です。医療費をもっともっと増やして医師数を増やし(医師は足りているている厚労省の言い分を信じている医師はあまりいないでしょう)ていかないとどうにもならないです。
まあいつも待機みたいなものですが、今週末は未熟児が生まれそうなのでちょっと落ち着かない待機です。

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2006年6月 9日 (金)

同世代のスポーツ選手

ときおりROMさせてもらっているブログに「こどものおいしゃさん日記 おおきくなりたいね」があります。わたしと同じNICUで働く新生児科医で、この記事を読むとわたしがちょっと上ですがほぼ同世代ですね。親近感が湧きます。

誕生日も2日しか違わない三浦和良選手を始め、同じ1967年生まれの中山雅史選手、清原和博選手もがんばっています。同世代のヒーローが現役にこだわっている姿は見ていて頼もしい気がしますね。翻って自分を見てみると、体力の衰えを自覚する年代に確かに入ったようです。NICUでは徹夜での仕事は当たり前、当然ながら翌日も普通の勤務です。徹夜明けが週末だと外来がないのでホッとしますが、本当は休日なんですからよく考えたらおかしな話です。でも、体力的にはどうやら下降期に入ったようですが、それを埋め合わせできるだけの経験、知識のおかげでまだまだトータルでマイナスにはなっていないと自分では強がっています。

そろそろ同世代の選手たちも現役を退くことになるでしょうが、引退後もかっこいいところを見せてもらいたいですね。

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2006年6月 7日 (水)

そらぷちキッズキャンプ

ブログ初日から残念な話題となりました。
そらぷちキッズキャンプを創る会の会長 横山清七さん(元東海大学医学部小児外科教授)が逝去されました。まだまだそらぷちを知らない方ばかりと思います。
そらぷちキッズキャンプ 

わたしの住んでいる北海道の滝川市に難病の子供たちのためのキャンプ場を創る計画です。すでにプレキャンプが開催されています。この時に参加のお誘いをいただいたのですが、滝川市とわたしの勤務地は遠いこともあって参加できませんでした。今はなかなか難しいですが、いつかこんな夢のある事業に参加してみたいなあと思っていました。

横山さんのご冥福をお祈りするとともに、この計画がはやく実現するよう願っています。

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ブログはじめます

ほとんど休止状態のホームページ「小児がんと生きること」を運営していましたが、このたびブログとして再スタートすることにしました。
仕事、家庭、趣味といろいろ忙しい事が多くてPCの前に座っている時間は多くありません。どのくらいの頻度で書き込んでいけるか今のところよくわかりませんが、取りあえずスタートさせてもらいます。

内容に関してはどうなるかわかりません、ごめんなさい。

小児科や医療を取り巻く環境は大きく変化しています。小児科医が何人か集まるとすぐに愚痴が始まる今の状況をいくらかは知ってもらいたい気持ちもあります。そんな愚痴っぽい話題が多くなるかもしれませんね。

では、よろしくお願いします。

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