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2006年7月27日 (木)

子どもの成長

今働いている病院には小児科医として駆け出しの頃にも在籍していたことがあります。当時はまだ3年目で何をするにも一杯一杯で働いていました。それから12年が経っています。赤ちゃんだった子もすでに12歳、小学校6年生になっています。
今日の外来には偶然にも2人の当時赤ちゃんだった子が来ていました。1人は久しぶりの受診で、お母さんが「ほら、お世話になった先生だよ。ご挨拶しなさい。」って言いますが、当人にとってはだれ?って言う感じでしょうか。ポカンとしたままです。そりゃそうでしょう。
当時はとにかく無我夢中でがんばっていましたが、こうやって成長した子どもたちを見るのは本当にうれしいものです。大変な仕事ではありますが、モチベーションしばらく上がりますね。若いDrは毎年のように転勤になるので、子どもの成長を見ることができなのが残念です。小児科でよかったと思う瞬間ですから。
少し前ですが、自分がはじめて主治医として受け持った超低出生体重児(出生体重が<1,000g)だった子が顔を出してくれました。ちょっとやせっぽちではありますが、運動会でリレーの選手になったと教えてくれました。結果がよかったのは本人の力とは思いますが、ほっとしました。何せ右も左もわからない状態で受け持っていた子ですから、よかったなあと言う気持ちです。かつて自分が必死でがんばった結果がちゃんと残されているのは小児科のよいところですね。

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2006年7月24日 (月)

結婚式出席

私用では実に10ヶ月ぶりに仕事を休みました。きのう、後輩の結婚式に出席してきました。あまり宴会に行くのは好きではないのですが、結婚式は例外です。何だか幸せな気分になるのが好きなんですよね。
今回はハウスウエディングと言うんでしょうか?ホテル以外の結婚式に呼ばれるのは初めてでよくわかりません。弦楽四重奏でお出迎え、何ともセレブな感じです。お料理もおいしいし楽しい披露宴でした。人が幸せそうにしているのに立ち会うのはそれだけで楽しいもんです。

今日はNICU内で未熟児のオペでした。非日常からあっという間に現実に逆戻りです。

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2006年7月22日 (土)

助産所の意義

少し前の記事ですが、以下7月10日共同通信です。

栃木県内の助産所で出生直後に死亡した女児の両親が、出産方法に過失があったなどとして助産師に約6600万円の損害賠償などを求めた訴訟は10日までに、賠償金計約3700万円を支払うなどの内容で宇都宮地裁真岡支部(飯塚圭一裁判官)で和解が成立した。

 原告側代理人によると、助産師側は女児が出生後約2時間生きていたのに、死産証書を作成した誤りも認め、あらためて出生証明書を両親に交付。両親は10日、この出生証明書を添えて地元町役場に死産扱いだった女児の出生届と死亡届を同時に提出、受理された。

 母親(35)は「短くても娘がこの世に生を受けたことが証明された。3年かかったが、やっと家族一緒に戸籍に載ることができる」と話した。

以上、この記事からだと詳細がわかりませんが、下野新聞によるとこのお産は逆子だったとのことです。しかも、生きている赤ちゃんを病院に搬送することもせずに死なせたんです。マスコミの扱いは小さいですね。同じ事を産婦人科医がやったとしたら業務上過失致死(蘇生しなかったのは殺人?)、公文書偽造となるんでしょうが、助産師はどうなったんでしょう。この事件の1年後、2004年に日本助産師会から助産所で取り扱うお産のガイドラインが出ていますが、逆子は扱ってはいけない事になりました。このガイドラインが出るまではこういったリスクの高いお産を助産所でやることもグレーゾーンとして許されていたんですね。
マスコミは自然なお産を賛美するかのような情報を日頃流しておきながら、こんな事件を小さくしか扱わないのはどうしてなんでしょうか?叩かれるのは病院だけ?

わたしも助産所からのとんでもない紹介患者を受けたことは何度もあります。
これまでの経験からテレビや新聞で助産所が採り上げられるのを見るたびに怒ってます。病院でのお産に比較してハイリスクであることをなぜメディアが伝えないのか?バイアスのかかった情報を流し、妊婦に誤解を与えることがないよう反省を促したいと思います。

原告のブログです http://plaza.rakuten.co.jp/josanin/

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2006年7月21日 (金)

入院(闘病記2)

市立病院の耳鼻科に紹介となったあと、すぐに入院となりました。年末の最後の週の事でした。
この入院の直前に父親と買い物に出かけました。ちょうどクリスマスの華やかな時期でした。中学校に入る時に買ってもらうと約束していた腕時計を、ちょっと早いけど買ってもらうことになったんです。当時はデジタルの時計が出てきた頃で、それが子どもたちの憧れでした。いつもは倹約第一の両親でしたが、気前よくセイコーのデジタルウォッチを買ってくれました。自分は何も知らされていませんでしたが、親はよくない事を聞いていたんでしょうね。当時はインフォームドコンセントなんて言う言葉もない時代です。仕方ない事ではありますが、子どもにまで説明してくれるような医療者は存在しませんでした。
入院したのは子どもはぜんぜん入院していない耳鼻科と泌尿器科の混合病棟でした。年末までに咽喉と首のリンパ節の2ヶ所から組織をとっての検査が行われました。慌しく検査が終わって、検査結果が出るまで年末年始は外泊となり家に戻りました。
厳しかった親はやたら気前がよくなり、ずっとわたしが欲しがっていたラジコンカーを買ってやると言います。一番欲しかった田宮模型のブラックカウンタック、全部合わせたセットで確か3万数千円だったはずです。父親が模型店に行って一揃えを買ってきてくれました。親の態度で気づくべきだったんでしょうが、まだこの時は自分が大変な事になっているっていうのにまったく気づきませんでした。

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2006年7月18日 (火)

プール熱の流行

この週末、テレビで頻繁にこの情報が流れていました。プール熱、正式には咽頭結膜熱と言われ云々・・・。ここ数年の間に外来でも簡単にウイルスを特定できる迅速診断キットが普及してきました。プール熱の原因ウイルスであるアデノウイルスやインフルエンザウイルス、他にもRSウイルス、下痢症のロタウイルスなんかが保険で検査できます。
この検査キットの普及が小児科外来でお母さんたちが混乱する原因になってきています。アデノウイルスの場合、のどの粘膜を綿棒でぐりぐりと擦り取って検査をします。陽性にでるとアデノウイルス感染症と言う病名がつきます。(この検査では全例が陽性にはならず少なからず間違った陰性がでてきますが)そして、目とのどが赤ければ咽頭結膜熱という診断名になりますが、目が赤くないこともしばしばあります。こんな時には正しくはアデノウイルスが原因の扁桃腺炎とか気管支炎なんていう診断名になるんですが、これと咽頭結膜熱の関係を理解してもらうのが難しいんです。同じウイルスが原因となっても症状の出方は人それぞれ、同じ病気なのに臨床診断名が異なるという事がでてきます。赤ちゃんのはじめての発熱として多い突発性発疹なんかも発疹がでない例があることが知られています。この診断名のくい違いを外来で説明するのが悩みの種ですね。
ところでプール熱って本当に大流行なんですかね。昔はただの扁桃腺炎としていたのに、ここ数年は検査キットの普及もあってプール熱と診断されているだけな様な気がしますが・・・。ここ北海道ではアデノは年中でていて冬にもたくさんの患者がいます。プール熱っていう診断名はそろそろ止めにした方がいいんじゃないでしょうか。

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2006年7月16日 (日)

地元でも小児科医不足

どこもかしこも産科医が足りない、小児科医が足りないと聞き飽きてきた感もありますが、身近なところでも切実な問題となってきました。地元には入院設備を持つ小児科は3か所あります。
今年はうちを含めて2か所で小児科医が減となり、開業医も1か所減って市内の小児科医は昨年比マイナス3となりました。この影響はけっこう大きいものです。小児科は季節によって忙しさがまったく違いますから、この状況で冬の繁忙期に突入したらどうなるんだろうと心配です。今年減員となったもう1か所も助けて!と悲鳴をあげているそうですが、こちらにも手を差し伸べる余裕などありません。時代に逆行して小児救急から小児科医がなるべく手を引く以外にやりようがない気がします。
朝から熱があれば普通の患者、夜熱が出たら救急患者といった誤った考えを改めてもらえるような啓蒙活動がもっと必要なんでしょうね。いつでも開いているコンビニが作った便利さに慣れ過ぎなのかもしれません。最近札幌で夜間救急専門の動物病院が開業したらしいですが、この診察料は8000円だそうです。子どもの救急は犬猫以下?なんでしょうか。
行政は予算を付ける事で自分の仕事を果たした事になるようです。北海道では高橋はるみ知事の公約のもと、各地域で小児二次救急が整備されました。今年の医療費改定では小児救急の保険点数がアップされました。小児科を置く病院には報酬が増えた訳ですが、少ない人数で救急を要求される小児科医には収入を含めてまったく何の恩恵もないどころが、患者側は支払いが増えたんだから診てくれて当然という意識です。
「今日はどうされましたか?」
「無言・・・のあと、そこ(問診票)に書きましたけど・・・」
「お薬を処方しておきますね。」
「検査もしてくれないんですか?」
夜間の救急ではこんな会話が多いんですよね。具合が悪くてぐったりした子を診る分にはわたしたちはストレスを感じることはないんですが、現実はそうではありません。

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2006年7月14日 (金)

がんの診断まで (闘病記1)

医療事故、誤診、医療過誤・・・こんな言葉を新聞やテレビでしばしば見聞きする現代と違って、わたしが小児がんになった頃にはこんな言葉を目にする事はあまりなかったでしょう。でも、わたしが入院したのは「白い巨塔」の田宮二郎によるテレビシリーズが放送された少しあと、田宮二郎さんが自殺したのは自分が入院中の出来事でした。続白い巨塔を原作にしたこのドラマの後半は医療訴訟が目玉だったわけですが、この時代はまだ現実味の薄いお話だったんでしょうね。
わたしに病気の徴候が現れたのは小学校6年生の夏の終わりでした。今思えば「耳管閉塞」の症状です。耳鼻科を受診して「中耳炎」の診断で通院。しばらく通ったもののよくならず、他の病院を受診してもやっぱりよくならない。3軒目は親が大きな病院にと、市立病院の耳鼻科に連れて行かれました。でも、診断は異常なし。わたしが症状を訴えると、「おかしいと思うのがおかしいのだ。」とDr。そこまで言われては引き下がるしかありません。それからしばらくして咽喉に違和感を感じて鏡の前で口を開けてみると・・・。腫れた扁桃でほとんど咽喉が塞がっている状態でした。近所の内科を受診して、抗生剤を飲んだものの変化なし。異常なしと言われた市立病院の耳鼻科に手紙を書いてもらって再び受診することになりました。今度は即入院予約です。症状が現れてから3ヶ月以上が経っていました。当時の医療は現代とは比べ物になりません。CT、MRIなんてない時代に腫瘍を見つけるのは困難だったでしょう。でも、子どもの訴えとはいえ、真摯に耳を傾けてくれていればきっと診断に到る事はできたはずです。これが自分と医療との関わりの出発点でした。

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2006年7月13日 (木)

北海道もやっと夏だ~

近頃のココログはやたらと重たくって更新しようにもほとんど繋がらない?状態でした。今週ついにメンテナンスが行われて、やっと今日から再開です。この二日は閲覧のみとなっていました。

タイトルの通り、今日はじめて北海道にも夏がやってきた感じです。でも、外来は相変わらずの賑わいです。先月までインフルエンザがいたと思ったら、先週あたりからはヘルパンギーナ、アデノなんかが増えてきました。夏のガラガラの小児科が早く来るといいんですけど。

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2006年7月 8日 (土)

小児科医になったこと

今週勉強にきていた学生さんが帰りました。「またお願いします」と挨拶してくれて、おっ、やっぱり小児科に入ってくれるんだとうれしくなりました。今の後輩もこの学生さんも小児科にはよい若者が多いです。他科の事はよく知りませんけれど。
学生さんと話していて自分の学生時代を思い浮かべました。他の人からよくそう思われますが、子どもの命を助けたいと熱意に燃えて学生生活を過ごしていたのではなかったんです。自分のとりえは手先が器用な事にあると自分では思っていましたし、とにかく手先を使う事は大好きでした。形成外科の実習なんかはかなり興味がありました。形成と言うと美容形成が思い浮かびますが、対象になる患者は多岐に渡ります。なかなかやりがいのある科と思っていました。また、小児病棟で長く過ごした思い出もあって、子どもを対象にした科、小児科と小児外科にもっとも興味がありました。出身大学の小児外科が充実していたら小児外科を専攻したのかなと思います。ぎりぎりまで悩んだ末に医師国家試験の直前に小児科を選ぶ事を決めました。
小児科とは何でも屋です。小児内科がほぼその領域ですが、新生児はほとんど別の分野ですし、児童精神医学なんかもその専門医の少なさから小児科医に必要とされる知識になっています。乳幼児だと外傷の初期対応も担当しなければいけません。
今自分が専門としている新生児は小児科から少し離れつつあるような状況です。多くの小児科医は、内科医が子どもを診たがらないように、新生児を診たがりません。子どもが大人のミニチュアではないように、新生児は子どものミニチュアではないからです。子どもは病気が悪くなる時も早いですが、その回復力は驚異的です。新生児はそれがさらに極端で、一瞬のうちに悪化してしまう緊迫感もあり、ぐいぐい回復してうれしくさせてもくれます。新生児の回復力を信じ、必要な時にだけタイミングよく手を貸すのがわたしたちの仕事です。実際に小児科医になるまでほとんど興味のなかった新生児ですが、今はどっぷりと浸かって離れられなくなってしまいました。自信のある手先の器用さが自信なくなってしまうまではここでがんばりたいと思っています。

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2006年7月 3日 (月)

落ち着いた週末

ブログを開始してから忙しい、忙しいと書いてきましたが、この週末はわずかですが小康状態でした。しばらく出来なかった車のお手入れをしたり、ほんとに近場ですが日帰りで温泉に入りに行ったりできました。週末が終わって今日、月曜日は外来も病棟も忙しいし、自分も喘息が出て体調不良です。今日は当直ですが、落ち着いているといいなあ。

今週から小児科志望の学生さんが見学に来ています。この時代に貴重な人材ですね。彼の気が変わらないように楽しい小児科を演出しようとしますが、仕事が山積みの病棟では看護師も医者も殺気立った雰囲気です。みんな忙しくて晩飯に連れて行くこともできず、参ったなあ。熱心な学生さんは、小児救急の現場を見たいので何かあったら呼び出してくださいとケータイ番号を置いていきました。こんな熱意を持って小児科に入ってくる新人が、数年で現場を離れたいと思うようになってしまう今の小児科には問題があるんでしょうね。

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2006年7月 1日 (土)

毎日新聞発信箱から

今朝の毎日新聞発信箱に「1次リーグ敗退に学ぶ=野沢和弘」というコラムがありました。

サッカーワールドカップでの一次リーグ敗退を受けて一部のファンによる「犯人捜し」が始まっています。次期監督をこんな時期にリークしたのは批判をかわす意図があったなんて事も言われていますね。(真偽はもちろん知りませんが・・・)

失敗を次にどう生かすか?航空機事故にからめて失敗をいかに分析するかという内容です。その中で以下のように書かれています。

失敗を科学的に分析するためには、関係がありそうなあらゆる要素をそのままの形で洗い出さなければならない。責任追及や批判という負のバイアスがかかると、自分に都合の悪い情報はそのままの形ではなかなか出てこなくなる。航空機事故などの際、警察による業務上過失致死容疑などでの捜査が優先すると、有効な原因調査ができなくなる、と安全工学の世界で言われるのはそのためだ。

サッカーなんかじゃなくて、なぜこういう記事が医療事故に関連して出てこないんでしょうか?今までの医療事故報道でこういう論調を見たことはない気がします。今年の産婦人科医逮捕には見せしめ的な意図があったんだろうと言われています。見せしめでの逮捕が医療事故予防につながるとは思えません。新聞、テレビでの産婦人科医逮捕の報道でこのような意見を見かけなかったのは残念ですね。

うっぷん晴らしのための犯人捜しには、社会の進歩も個人の成長も望めない。

記者はこう書いています。医療事故の際に家族が感情的になるのは当たり前です。しかし、新聞、テレビの報道姿勢はまさに上の文章を当てはめてみたいですね。

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