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2006年8月30日 (水)

清め塩

小児科の夏はたいてい暇です。わたしたちは夏枯れと言う言葉を使いますが、学校が夏休みに入ると感染症がどんどん減って病棟も外来もガラガラになってしまいます。冬の繁忙期と比較すると半分か三分の二くらいの仕事量になるのが普通です。順番に夏休みを取るにはこの夏枯れがないと困るんです。例年どおり小児科は暇なんですが、NICUは入院ラッシュが続きます。この時期に忙しいと暇な時がなくなっちゃうんですよ。この2〜3週間これでもかとどんどん入院が入ってます。田舎のNICUですから少し入り始めるとすぐ満床、満床を通り越しても地域に受入先はなくがんばるしかありません。
さすがにDrもナースもスタッフ一同くたくたです。落ち着いたら焼き肉行こう、バーベキューやろうなんて計画するものの実行できず。自分も外来と病棟で疲れてきました。上司が昨日から病院集約化のための会議とやらで不在のため、今日は午前外来、午後外来、5時からは地域の一次救急当番外来です。外来が空いてるので何とか合間に病棟業務をこなしてますが、人が足らないのは何とかならないものか。
ふと病棟の隅を見ると塩が・・・。スタッフも辛くなってるんだなあと思います。早く元気になろうね、赤ちゃんたち!

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2006年8月27日 (日)

マスコミの助産師に対する評価は・・・

『クローズアップ2006:横浜・違法内診摘発 助産師の力、生かされず』

毎日新聞の記事です。

わたしがDrだからこうこう思うだけなんでしょうか?どうしてマスコミは産科医にはこんなにも冷たくて、助産師にはこんなにも好意的なんでしょう。以前紹介した栃木の助産院の事件との扱いの差は?

日本の妊婦、新生児の死亡率は世界でもトップクラスです。アメリカなんかよりはかなり少ない金額で安全なお産が行われているのです。なぜこれほどの医療を提供している産科医がこんな扱いを受けなければいけないのか。産科医がどんどん減ってしまって、助産師の力が存分に生かされ赤ちゃんが助産院でたくさん生まれるようになった時に、日本の妊婦、新生児の死亡率はどうなっているでしょうか。

上記の記事で ◇医師のいない産院--横浜・金沢区 があたかも事件の産婦人科に対比する理想像であるかのように紹介されています。わたしは以前の記事のコメントで「現状のままの助産院に存在意義はない」と書きました。この現状のままという部分が説明不足であったと思うので、補足しておきます。

助産師が扱えるのは正常分娩に限り、異常がある場合は医師の診療を求めることが保健師助産師看護師法で規定されている。これが一番難しいところです。正常の分娩で医療を必要としないと言う判断が適切に行われるのか。わたしたち小児科医の外来もそうなのですが、外来を受診する大半の子はかぜであって極端な言い方をすれば放って置いてもよくなる医療を必要としない病気の子です。その中で医療を必要とする病気の子をきっちりとピックアップする事が小児科外来でもっとも必要とされる技術です。分娩も同じ事が言えます。正常のお産は誰かの手助けがなくても赤ちゃんは自然に生まれてくるんです。手助けが必要ないお産なのか、必要なお産なのか、これを判断する技術がもっとも大事な点だと思います。この部分がしっかりとしたシステムでなされるのであれば、例えば院内助産所のような形での助産師活用はこれからの産科医不足の時代に必要と考えています。

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2006年8月26日 (土)

助産師法違反

横浜の産科医院に対する記事が大きく取り上げられています。新聞やテレビの報道を見ていると、開業医が儲けのために助産師を雇わず、看護師や準看護師に助産行為である内診(お産の進行の程度を把握するため子宮の入り口の開き具合を指で確認する)をやらせ、また、それが原因で分娩後の妊婦が死亡したと一般の方たちが受け取ってしまうような内容です。
妊婦さんが亡くられた事については詳細が報道されていませんし、詳細を知らない以上わたしが軽々しくコメントすることはできません。ただお産の前の内診と産後の出血を結び付けるのはずいぶん無理があるように思えます。助産師法違反、母体死亡事故と見出しにする報道は誤解を与えるものです。

看護師の助産行為についてはこの報道を見た一般の方はとんでもない事と思うでしょう。少し今回の件とズレますが、看護師さんに点滴をしてもらった事がある方は多いでしょう。わたしも小さい頃かぜをひいて医院に行くと抗生剤だか何だかよくわかりませんが、看護婦さんに注射をしてもらいました。Drになってみて、新人の大学病院の研修の時に看護師は静脈注射をしてはいけない事を知りました。大学病院やわたしの働いた某市立病院では看護師は一切点滴をせず、すべてDrの仕事だったんです。でも、その他の病院では当たり前のように点滴を看護師がしていました。点滴(静脈注射)が正式に看護師の仕事になったのはたった4年前の事です。長くなりましたが、言いたいのは今回の件は以前看護師が点滴をしていたのと、さほど変わらない話と言う事です。ただ、内診は長らく同じような曖昧さで看護師が行っていたのが、現在は正式には禁じられています。ですからまったく同列の話ではないのですが・・・。

わたしたち新生児科医は日頃紹介を受けているため、どうしても結果論で産科医に対して厳しい見方をしがちです。今回の横浜の堀病院について、地元の新生児科医の評価は非常に高いようです。適切な母体搬送、新生児搬送が行われおり、信頼される病院だったそうです。
助産所に対して厳しい意見を書いた後でのこの記事ですから、同業者に対しては甘いとのお叱りを受けるかもしれません。でも、報道をちらっと見て悪い病院が処罰されたと表面的な見方をしてしまうと、問題の本質を見誤ることになると知っていただきたいのです。助産師確保の難しさは全国的な問題です。報道にはそんなところまで踏み込んでの議論を期待します。

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2006年8月19日 (土)

小児科病棟へ(闘病記4)

年が明けて放射線治療が始まりまもなくして、耳鼻科泌尿器科病棟から小児科病棟に移る事になりました。耳鼻科病棟はツギハギの病院の中では一番新しい棟でしたが、古い小児科病棟へ引越しです。6人部屋から3人部屋となりました。
小児科病棟って本当に騒がしいんですよね。大学病院なんかは違いますが、一般の小児科病棟は小さい子の泣き声でいっぱいです。赤ちゃんが泣くのは当たり前ですけど、隣のベッドにいるのはやっぱり辛いもんです。このあと3ヶ月くらいの期間、同じ部屋で過ごしたんですが同室の患者はどんどん入れ替わりでどんな子がいたのかまったく記憶にありません。
小児科病棟に移っても、すぐに院内学級に入ったわけではありません。しばらくの間は部屋で過ごすことになりました。どの位経ってから院内学級に入ったのか正確には覚えていないのですが、生活はけっこう変わりました。ただ、抗がん剤治療なんかで出席できない日の方が圧倒的に多かったんですけど。院内学級で勉強した思い出はほとんどないんですよね。それでも入院中の子どもたちにとって、とても大切な所には違いありませんでした。
この病棟に小児科医になってまた戻って来るなんて、夢にも考えていませんでした。小児科医として帰ってきた年の途中で、この病棟は役割を終えて新しい病院に引越しをしたんです。偶然ではありますが運命的な出来事でした。

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2006年8月11日 (金)

世の中を変えるには偉くならなきゃ

変なタイトルですね。最近時々思うことです。世の中を変えていくのに草の根運動からなんてこともあるのでしょうが、いわゆる地位のない人間に世の中を動かすことは難しいもの。日本の医療の現状を嘆いても一勤務医にはどうにもできません。

だからと言って自分が今から厚労省に入って官僚になったり、政治家になったりできるわけはありませんからね。

新生児科医がらみのブログを探していて以下のブログを見つけました。

さかまりのブログ

このブログを拝見しただけで実際に知っている方ではありませんが、小児科医として共感できる文章が並んでいました。小児科医であり、今は松下政経塾で政治家を目指しておられるようです。患者は医療者に不満を持ち、医療者は患者に不満を持つ現状は本当に憂うべきものです。この方は若いのに非常によいバランス感覚を持っているなあと思います。がんばってもらいたいですね。

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2006年8月 8日 (火)

放射線治療(闘病記3)

年末年始の外泊が終わって、病院に帰って待っていたのは放射線治療でした。と言っても当時の自分にはそれが何なのかはまったくわかりません。照射野を示す印が顔につけられて、人にじろじろ見られるのが嫌だったという印象くらいです。放射線治療室は病院の地下の静かな場所にありました。静かな音楽が流れていて何だか冷ややかな空間だったなあと言う記憶が残っています。照射がはじまると腫れていたノドは見る見るうちに小さくなっていきました。

どんな副作用があるのかは当然親にしか説明はなく、後に親からあの時にDrから耳が聞こえなくなるかもしれないと言われたと聞きました。実際に放射線の副作用なのかどうかはわかりませんが、一時顎関節症の症状がでていましたし、今は耳鳴りが常にあります。また、大きな音は割れて聴こえます。大音響のコンサートなんかは不快でしかありません。特に酔っている時は症状がひどく、大きな話し声くらいでも音が割れてしまって非常に聞きづらいことがあります。カラオケに行くのは苦手です。酔ってなければまだいいんですけど、お酒にも弱いし(笑)二次会はダメですね。あと、これも後遺症かはよくわかりませんが、左の軽い顔面神経麻痺があります。笑うと顔が左右非対称で、水を飲む時なんかに油断すると左の口角からこぼしてしまう事があります。

ただ、こんな事よりも何よりも放射線治療を受けた後の二次発ガンが心配でした。最近、原爆症認定の裁判があって、被爆した人たちのコメントを目にしましたが同じような気持ちです。不安が消えることはないんですよね。あまりにも理不尽な戦争が原因の被爆者とは根本的に立場は違っていますが・・・。

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2006年8月 7日 (月)

夏休み終了

一週間のお休みが終わりました。本当に久しぶりのお休みを満喫しましたが、終わっちゃうと楽しみなくなりますね。これからは同僚が次々休みに入って行くので、普段以上に働かなくてはなりません。
今日は新生児の緊急搬送や院外の健診が重なって、てんやわんやでした。夏休みボケの残る体にはやや辛い一日となりました。
しばらく落ち着いててくれますように。

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