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2006年9月28日 (木)

NICUでのオペ

7月にもありましたが、またまたNICUでオペがありました。もともとNICUはオペ室と同じレベルのクリーンルームとして設計されています。ちっちゃい赤ちゃんをオペ室に連れていってオペするよりも、いつもいる部屋でやる方が赤ちゃんにとっての負担は小さくなります。

うちでやるオペとしては過去もっとも小さい赤ちゃんだったこともあり、スタッフ一同なんかそわそわしてました。結果的にはまったく滞りなくオペは進み無事終了となりホッとしてます。

NICUの実力と言うのはあくまでも総合力です。医師個人の力でできる事は他の分野にくらべて小さく、24時間赤ちゃんを診てくれるスタッフ(看護師)の裁量はひじょうに大きいものがあります。周産期センターとなって5年を経過し、施設としての成長ぶりを実感できうれしい日となりました。

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2006年9月25日 (月)

医師の収入

ココログのアクセス解析が新しくなって、どんな検索ワードに引っ掛かって訪問者がやって来たのかわかるようになりました。小児科医収入という検索ワードで訪問された方がいるようです。どうしてこのブログが検索されるんでしょ。医師の給料には興味ある人もいるんでしょうか?間違ったイメージを持ってる人も多いでしょうね。

地元北海道新聞にこんな記事が・・・

『新たな夕張ショック 医師給与高騰? 気をもむ道内自治体』

一応説明しておくと、北海道の夕張市が先ごろ財政破綻しました。地元の医療を守るため市立病院にコンサルタントが入り、その結果、これまでより500万円高い年俸2200万円で医師が公募されています。この2200万円というのは医師として15年の経験がある場合の金額です。医学部は卒業すると24歳ですから、ほぼ40歳の医師でこの年収という事になりますね。

以下一部引用

夕張市が市立総合病院の医師公募で、給与をこれまでより五百万円高くした「年間二千二百万円」を示したことに、医療関係者の間に波紋が広がっている。夕張市の提示額は自治体病院に勤める医師給与の平均を大きく上回る。他の自治体からは「医師給与の高騰が広がらないか」と不安の声が漏れ、給与を高くするだけでは良質の医療につながらないという指摘も出ている。

以上

何が論点だかよくわからない記事ですね。給与を高くしても良質の医療にはつながらないでしょうが、医師がいなくては医療そのものがなくなってしまいます。

これまで地方の病院に医師が派遣されていたのは、一つには大学の医局制度のおかげ、一つには大都市とは比較にならない高給のおかげだったでしょう。大学の医局がマスコミの医局叩きキャンペーンと臨床研修制度で弱体化し、地方切捨ての政策で自治体が高給を払えなくなったせいで地方の医師はどんどん立ち去っています。記事にもあるように医療事故の問題も医師が地方に足を向けにくくなった要因でしょう。いくら自己犠牲、ボランティアの精神で医療を行っていても、簡単に医療事故で訴えられ逮捕される時代です。地方で専門外の多くの疾患を相手にするのはリスクが高すぎると考える医師が多いのは当たり前です。

地方ではいわゆる一人医長の病院も多く、中には24時間365日自治体から出るのを禁じている病院すらあるようです。いつ呼び出されるのかわからない状態は息苦しいものです、何年も耐えられる人はあまりいないでしょう。もうお酒飲んじゃったから今日は診ないよ、なんて事は許されない地方で働く医師がそんなに多くいるとは思えないです。

夕張市の医師給与は高いのか?

世間の人たちはそれでも高いと言うんでしょうね。大手マスコミ、テレビ局の社員なんかは大概の医師とは変わらない高給取りですよ。医師の給料が高いと報道しているマスコミは、同じくらい給与をもらって記事に誤りがあっても業務上過失致死で逮捕されたりはしない。もちろん休日もたくさんあるでしょう。うらやましいですね。

でも、多くの医師たちは仕事が好きでやめられないんですよ。一度医師をやったらもっとやりがいのある仕事を見つけるのは難しい。

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2006年9月24日 (日)

多胎のリスク

昨日は夕食後に緊急呼び出し、双子が緊急帝王切開になりました。かぜの調子が今ひとつな事もあって体が重いです。
ここのところいわゆる里帰り出産の双子が早産となるケースが続きました。いずれも里帰り元は札幌の大きなNICUを持つ病院です。こちらを受診してまもなくに入院となって、状態が悪く帝王切開となってしまいました。前の双子は手術が必要になる合併症が起こって生後数日後にヘリコプターで札幌に緊急搬送となりました。今回の双子は状態は悪くないものの二人とも人工呼吸をしています。
単胎の場合と比較して双子あるいは三つ子以上の場合の出産リスクは高くなります。早産の割合も高いですし、脳性麻痺など後遺症のリスクも高くなります。この辺りはなかなか一般の方々にとってわからない部分ですね。地方の余力のないNICUで働く身としては、リスクの高いお産(特に一卵性の双子)の場合は大都市から地方に里帰りなんてするんもんじゃないのにと思います。
不妊治療が一般化してきて、多胎のお産は増えています。高齢初産で多胎となった場合の早産率はかなり高いものになります。早産の多胎には大きなマンパワーを必要としますから、小さなNICUには辛いんですよね。昨年の年末は24週の双子がいつ産まれてもおかしくない状況で地元を離れられませんでした。今も双子が何組かと三つ子が管理入院中です。三つ子が産まれるまでは休日でも夜でも少なくとも3人がすぐに呼び出しに応じられる体制を取っておかなければいけません。

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2006年9月21日 (木)

くすりの作用、副作用

今日は当直で病院ですが、ひどく体調が不良です。原因はただの風邪のようですが、具合悪い〜。
鼻水がだらだら出ては外来で仕事にならないので、総合感冒薬を内服しました。いつも多少副作用が出るんですが、なんか今回は強烈です。眠気がひどく体はふわふわした感じ、さらにひどいのは手の震えです。今夜の仕事に支障があっても困るので夕方の内服は控えますか。
副作用の事を言いましたが、作用もしっかりあります。鼻水はぴたっと止まっています。でも、この副作用どうにかならないものかと思いますね。
わたしの場合、くすりの作用、副作用ともやたらはっきり出る傾向があるようです。気管支拡張剤を飲むと手が震えて字を書くのも大変、抗ヒスタミン剤を飲んだら何時間でも寝てられます。結局はくすりが苦手であまりくすりは使わないようにしています。だた、鼻水がじょろじょろだと仕事にならないので仕方なく使ってるんですよね。
具合悪いので今日はこの辺で。

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2006年9月16日 (土)

点滴してくれないと苦情

最近病院の投書箱に入っていた苦情です。小児科外来を受診して点滴をお願いしたが、必要ないと点滴してもらえなかったと言う内容です。
小児科に限らず「点滴射ってくれ」の訴えに困っている若いDrは多いんじゃないでしょうか。昔はどんな病気でもすぐに点滴したり抗生剤を注射したり、点滴にビタミン剤を入れたりしてました。今はそんなことはありません。脱水症状がなければ点滴は必要ないですし、細菌感染でなければ抗生剤は使いません。ビタミン剤が必要な病気は現代にはほとんどありません。でも、若い世代にも点滴、注射すれば病気が早く治ると信じている人が驚くほど多いですね。外来できちんと説明したつもりでもこんな投書をもらってしまいます。
今働いている地方では特に点滴を求めるお母さんが多く苦労します。診察室で診察中にジュースを飲んでいる(それ自体おかしいんじゃ?)子の横で子どもが脱水になりやすいのを知らないんですか?と説教されたこともあります。小児科で点滴と言うと一番メジャーなのはソリタです。中身は砂糖と塩が少々。子どもは痛い思いをしてもすぐにおしっこになってお終いです。もちろん脱水の状態なら点滴すると見違えるように元気になりますが。
患者と医師の関係は昔と変化しています。もちろん医師のいいなりであった時代は終わりましたが、それと患者の間違った要求が通るのとは違いますよね。昨今の医療不信の中、対等の信頼関係を築く難しさを痛感させられます。

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2006年9月15日 (金)

抗がん剤(闘病記5)

小児科病棟に移って抗がん剤の治療が始まりました。とは言っても、それが抗がん剤であることを知ったのはずいぶん先の事です。正確にいつだったかはよく覚えていないんですが。
かつてHPで書いた事がありますが、ぼくは使っている抗がん剤の名前は全部知っていました。エンドキサン、オンコビン、メソトレキセート・・・、覚えるつもりもないのにしっかり頭に入ってました。DrもNsもくすりの名前を口にも出すし点滴ビンにも書いてくれます。自然に覚えちゃいますよね、ふつうは。その頃の小児科病棟には何年も入院していてすっかり擦れている腎臓病の子どもがいました。彼らはたくさんの病気やくすりの事をよく知っていました。どんなくすりを使っているかで彼らにはその子が白血病だなんてすぐにわかってしまう訳です。DrもNsもそんなことにはきっとまったく考えは及んでいなかったんでしょう。
自分は悪性リンパ腫でしたから、入院中にこの診断名に到達する事はできませんでした。退院してから本屋さんで医学書を見て、知っている抗がん剤の名前を組み合わせてみると簡単に病名を知る事が出来ました。退院後、ちょくちょく治療で入院した時に自分と同じ病気の子が入院した事にすぐに気が付いてしまいました。もちろん誰にもそんな事は話しませんでしたが・・・。
わたしにとって抗がん剤は命の恩人でもあり、大変な苦しみをもたらしてくれもしました。エンドキサンのあとの激しい吐き気は今でも思い出すだけで苦しくなります。当時は今のように抗がん剤用の優れた吐き気止めは存在ませんでした。ほとんど意識がなくなるくらい吐き続けた事もありました。2~3日はそんな状態で本当に苦しい思い出です。オンコビンを注射する時のあのきな臭い感じ、アドリアを注射したあとの赤いおしっこを見てトイレで吐いてしまった事、どれもひどかったなあ。一緒に治療していた仲間、Drになってから治療した子たちを見ても、自分みたいに吐き気が強い子を見たことがありませんから、わたしの副作用はひどかったんでしょう。

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2006年9月10日 (日)

へろへろの日曜当直

今日は当直の最中に更新してます。医師の日、当直は休んで寝て、緊急の時だけ働くが建前ですから(それじゃなきゃ翌日もそのまま勤務、月に6回以上の当直なんて違法になってしまいます)、ブログを書いていても仕事をサボってる事にはならないでしょう。

再三書いているNICUの嵐はまったく止む様子がありません。清め塩には効果なし、作法が間違ってたんじゃないかとの声も・・・。
昨日は急激に状態が悪くなった新生児の緊急搬送がありました。搬送用の保育器に移し変えただけで容態が悪化するような状態で、Drを二人赤ちゃんに同行させました。週末で二人のDrが不在。残りは二人です。
無事到着の電話を待っていると、一卵性の双子が緊急帝王切開になると電話が。救急外来からは胃腸炎の子が入院。息つく暇もありません。
よれよれで帰宅。今日は重たい体で朝から当直です。幸いながら今のところ割と平穏な日曜当直になってます。でも、明日の朝までは長いし、明日からはまた新しい一週間です。

自分も若い頃はずいぶんと患者の緊急搬送に付き添いましたが、本当に大変な仕事です。狭い、揺れる、騒音で心音もろくに聞き取れないヘリの中で、不安定な状態の赤ちゃんに処置をしなくてはなりません。自分の手のひらにこぼれ落ちそうな赤ちゃんの命をのせている緊張、プレッシャーは言葉で言い表せないものです。こんな緊急搬送の場合、知事からDrに対して手当てが支給されるんですが、以前は個人の口座に振り込まれていたこのお金をこれからは病院が受け取ることになりました。緊急搬送も通常業務とみなし病院からは1000円だか2000円だかの出張旅費を支給するとか。ちなみにこの手当ては6万円です。

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2006年9月 6日 (水)

秋篠宮家に宮様誕生 臍帯血を提供

日本史好きであるわたしは歴史の観点から、皇室の後嗣について無関心ではありませんでした。秋篠宮家に男児が誕生した事を心から祝福したいと思います。
この慶事の中で少し驚いたのは、秋篠宮ご夫妻が臍帯血提供を申し出られていたという事でした。
白血病などの患者に対する造血幹細胞移植は骨髄移植と臍帯血移植の二本立てになっています。骨髄移植は日本骨髄バンクに登録した提供者から型の合った骨髄が提供されますが、提供者は入院し麻酔をかけて骨髄を採取、提供することになります。臍帯血というのは赤ちゃんに繋がっているヘソの緒、胎盤の中にある血液の事です。通常のお産では臍帯血ごと胎盤は医療廃棄物として捨てられてしまいます。この捨てられてしまう臍帯血をお産の時に採取し処理し保管しておいて、適合する患者さんがいれば移植のために提供されるのです。現在のところ一部の病院においてのお産でのみ臍帯血提供ができるようになっています。(このブログから日本臍帯血ネットワークにリンクが貼ってあります、興味のある方はそちらへどうぞ)
うちの二番目の子が生まれる時に臍帯血を提供する予定でしたが、あいにく週末のお産だったため採取後の処理ができないとの理由で捨てなければいけませんでした。
秋篠宮ご夫妻の行動は社会的に大きな関心を呼び、大きな影響があるものと思います。広く臍帯血ネットワークの事を理解してもらう絶好の機会になるでしょう。日本骨髄バンク、日本臍帯血ネットワークにとってはまたとない追い風になりますね。秋篠宮ご夫妻の行動に感謝の気持ちでいっぱいです。

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2006年9月 4日 (月)

ぽちゃぽちゃ乳児の点滴は難しい

久しぶりに外来で凹む出来事がありました。
看護師から点滴をお願いしますとの事、指示を出したのは一緒にやってる上司ですが頼まれるのはいつもこちらです。すでに看護師が2回失敗していて、お母さんの顔は曇っています。乳児の手を見てみるとどうやら問題なく入りそうと思ったものの、血管をかすったのかうまく入らず。
すかさずお母さんが「もういいです。やめて帰ります。」
もちろんこんな事は初めての経験ではありません。恥ずかしながらまだ未熟な頃は何度かありました。お母さんが突然点滴室に入ってきて子どもを抱き、睨みつけて行ってしまった事も・・・。最近はこんな事なかったんですけどね、今回の失敗は1回だけ、まあ仕方ないですが・・・。
絶対必要と言う状況でもなさそうだったので、指示を出した上司に一声かけてもらって帰っていただきました。失敗は失敗ですが、怒られると凹みますね。
普段は1,000gにも満たない赤ちゃんの点滴をやっていますから、数キロある乳児の血管が細すぎて入らないわけではないんです。ぽちゃぽちゃの手に点滴するのはけっこう難しいんですよね。
書いてる途中でNICUから電話が・・・、本日407gの子の点滴してきました。こちらは本当に難しかった。全身状態も悪く苦労しました。ぐったり・・・。

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2006年9月 2日 (土)

薩摩隼人

夏になると臨床研修先を選ぶための見学の学生さんがパラパラやってきます。以前は道内の大学生が大半でしたが、最近は首都圏の学生も増えてきました。出身大学を離れて全国の臨床研修病院に散らばっていく傾向はますます進みそうです。北海道旅行も兼ねて病院の接待を受けながら見学できてうらやましいな、なんだか。
今週は鹿児島からやってきた学生さん。薩摩隼人っていう言葉は使ってもいいのかな。一目で鹿児島出身ですかと聞きたくなるような、ベタな薩摩人(西郷さん?)のイメージそのものです。同じ日本ではあっても気候も文化もぜんぜん違いそうな土地ですよね。わたし自身は行った事がないので、歴史好きの自分にとっての鹿児島のイメージと言えば西郷隆盛、大久保利通、黒田清隆(北海道にもっとも縁の深い薩摩人)、東郷平八郎なんかの幕末からの有名人です。
彼は鹿児島のDrコトーの舞台となった甑島の出身とのこと、モデルとなったDrは郷土の有名人だったそうでうす。彼も北海道で地域医療を学んだ後は地元で地域医療に貢献したいと、熱く語ってくれました。今年も数人の学生さんと話をしましたが、本当によい若者が多いですね。
彼は大規模な研修施設から小規模なところまでいろいろ見てきて、やはり小規模のところでの研修には不安を感じたと話していました。地方では完全な働き手として期待されるところが多いですからね、地域医療を学びたいと意欲を持っていても臨床研修先に選ぶ学生はほとんどいないでしょう。大規模なところは大学の実習の延長のようで、しかも気管内挿管、中心静脈カテーテル挿入が何例なんて言う宣伝文句には違和感を感じた。中程度のうちくらいのところがやっぱりいいと話していました。

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