« ラジカセ(闘病記7) | トップページ | 病棟クリスマス »

2006年12月19日 (火)

フォローアップ外来

NICUで治療した赤ちゃんたちは退院後も定期的に通院してもらうことになります。すっかり病気は治っていたとしても、身長や体重の増え方が鈍かったり、脳性まひや発達障害なんかが起こったりすることがあります。自治体が行う一般の乳幼児健診とは別に小児科での健診が必要で、これをフォローアップ外来と呼んでいます。
最近はDrによる診察、発達チェックだけでなく、看護師や心理士など多職種がかかわったトータルケアが行われている施設が増えているようです。しかしながら、田舎のNICUではお金にならないフォローアップ外来に人を配置する余裕はありません。結局、NICUの責任者である自分が一人でフォローアップ外来を担当しています。

3年前の秋はとんでもなく忙しい状態で、その頃に治療していた子たちがぽつらぽつらと3歳健診としてフォローアップ外来を受診しています。その子たちを見ていて3年前の幼稚園の運動会を思い出しました。超重症の胎便吸引症候群の子が入院、翌々日Rh不適合の子が交換輸血、さらに翌日胎児母体間輸血症候群の子が交換輸血、呼吸管理となりました。胎便吸引症候群、胎児母体間輸血症候群が入院したのは真夜中でした。当直ではない日もずっと泊り込んで治療に当たる日々。胎児母体間輸血症候群の子が入院、すぐに交換輸血をして全身状態がやや安定したのが、うちの子の運動会の朝でした。2~3時間離れても大丈夫!とやや強引に判断し、他のDrに任せて病院を離れました。幼稚園に着くと、子どもの出番までシートに転がって睡眠。親子競技はナント騎馬戦です。数日ほとんど寝ていないハイな状態で子どもを背負って走り回りました。途中足ががくがくして崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、気が付くと競技終了。子どもは一つ鉢巻を捕ったうえ最後まで生き残ったので、嬉々としていました。おとーさんはもうボロボロ・・・。急いでNICUにもどると子どもたちは奇跡的に安定した状態で待っていてくれました。うーん、ほんとによい子たち・・・と感謝!

その子たちも無事に3歳を迎えています。今はよい思い出ですね。

|

« ラジカセ(闘病記7) | トップページ | 病棟クリスマス »

コメント

 本当に先生たちは大変ですね、、。今は私も、病棟で看護補助として働いているので、よくわかります。先日は忘年会でかくし芸なるものの出番の寸前に、一人呼吸停止で連絡が入り、、先生の格好といえば、小梅太夫にマツケン、金髪ナース、、、、。で、あわてて帰っていきました。楽しむ間もないですね。  お父さんがんばれー!
 私もわが子という、大切なものを失いましたが、こうして命の際にいる人達の傍らで仕事ができること、幸せだと感じます。小さなことの大切さを教えてくれますね。
 ドクターが寝る間もなく騎馬戦に出て体はボロボロ、その影で助かった命、まっすぐ育って欲しいですね。
 

投稿: びるこ | 2006年12月19日 (火) 23時48分

 そうやって大きくした子供から先日手紙をもらいました。フォローアップ外来をしていた病院から私がもう離れていたこともあっての手紙でした。ランドセルを背負って学校に通う姿も同封されていました。

 小児科の醍醐味は患児の成長に尽きますね、先生。

投稿: クーデルムーデル | 2006年12月20日 (水) 12時23分

>びるこさん
病院で働くのは辛くないですか?わたしは小児科医にはなったものの、自分と同じ病気の子を相手にして働く事ができませんでした。とても自分の心が保たなかったので。

>クーデルムーデルさん
これがなきゃ小児科医はやってられません。フォローアップ外来で成長した子を見てやる気がもどりますよ。でも、脳性まひがはっきりしてきた時なんかは辛いです。外来でしてあげられる事なんてあまりないですから。

投稿: 管理人 | 2006年12月21日 (木) 18時33分

そうですね。亡くして間もない頃は病院へ行くことも辛く、下の子どもを病院に連れて行った後はすごく疲れてしまいました。でも子どもを亡くしてから8年という歳月の間にたくさん乗り越えてきたものがあるので今なら大丈夫だと思い面接を受けたと思います。それに最初は、病棟の中で働くとも知らず患者さんの食事介助やシャワー介助があることも面接で始めて知り、受からないかとダメ元で受けたら受かってしまって、、、。それに患者さんの多くは年配の方が多いので。ただ点滴をしながら歩いている小さな男の子を見かけると少し辛いですね。きっと、小児病棟はダメだと思います。でも脳外科には縁があるんだと思って働いていますし「ありがとう」の一言や笑顔はとても嬉しいものです。世間話をしたり辛くとも冗談を言って笑いあったり。もちろん亡くなっていく方もいらっしゃいますが、その中から得ることは多いですね。何か与えられた使命のようなものを感じているので働けるのだとおもいます。そしてオフの時は、思いっきり好きなことを楽しんでいるので。
 本当に辛いのは、悲しみを共有できる人がそばにいないことですね。でも
 先生のブログは、最近の私の楽しみのひとつでもあり、とてもいやされます。
 

投稿: びるこ | 2006年12月22日 (金) 20時10分

北海道のがんを子どもを守る会で活動している方たちの多くはお子さんを亡くされています。病院にボランティアで入っている方もいて、見ていて強いなあと感じますね。何か与えられた使命という感覚はわたしにもあるように思います。

投稿: 管理人 | 2006年12月25日 (月) 20時34分

北海道のがんの子どもを守る会で活動しているお母さんたちは本当に素敵な人達ばかりです。子どもを亡くしてから「子どもを亡くした親の集い」にもずっと参加させてもらってますが皆さん本当に強くて優しくて明るいんです。でも肩に力が入ってなくって自然体なんです。そこからたくさん生きていく力を私はもらいました。

今年も残り少なくなりましたが、今年はスキーの検定も受け(落ちてしまいましたが)バイクの免許も取り(こちらは取得)転職もしたりと成長できた一年でした。転職は今の看護補助の仕事ですが、お正月も交代で出勤です。お正月は今までしなかった仕事が増え、しかも初めてなので少し緊張気味です。忘年会続きとスキーの肉体疲労も重なり、不整脈が出てきてしまいました。今日は早く寝るとしましょう。

投稿: | 2006年12月29日 (金) 19時44分

前出のコメントびるこです。

投稿: びるこ | 2006年12月29日 (金) 21時22分

びるこさんは北海道でしたか。
なかなかアグレッシブな生活ですね、うらやましい。
自分もステップアップできるようにがんばらないと、と思ってはいるんですけど。

投稿: 管理人 | 2006年12月30日 (土) 08時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フォローアップ外来:

« ラジカセ(闘病記7) | トップページ | 病棟クリスマス »