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2007年1月31日 (水)

疲れてきた~

本日2回目のエントリーです。
前のエントリーは午前3時頃に書いたものですが、その後もほぼずっと働いています。頭が少しぼーっとしていて、ちょっと高揚してやばい感じです。何度かうたた寝しましたが、ここまですでに38時間ほとんど横にならず勤務を続けています。
昨日は当直でないのに家に帰れませんでしたが、今夜は当直です。当直はNICUだけでなく、小児救急にも対応しなくてはなりません。すでに救急搬送もありましたが、やっと何とか落ち着いて夕食にありついてくつろいでいるところです。

昨夜は出生体重<1000gのベビーが二人入院しました。この子たちが安定した状態になるには、まだまだ時間を要します。明日も帰れるとしても夜遅くかな・・・、少なくともさらに24時間は勤務が続きそうです。

今夜の当直は平穏でありますように。

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忙しい冬到来

予想通り、学校の3学期が始まって2週目になり小児科外来は忙しくなってきました。インフルエンザが大流行とまではいきませんが、徐々に増えています。RSウイルスはだらだらと流行、年末から溶連菌感染症も多いままです。溶連菌に関連するアレルギー性紫斑病、溶連菌後急性糸球体腎炎が複数入院しています。

NICUは軽症児の大半が退院して、本当に久しぶりに定床を大幅に下回る入院数となっていました。こちらも24、25週の超低出生体重児が相次いで入院し、まもなくもう一人加わりそうな状況です。しばらく忙しくなりそうです。

久々に長く楽させてもらいましたが、楽なほうには体はすぐ慣れるものの逆はなかなか大変です。外来ではすっかりスローペースが身についてしまいました。まだ今くらいだとインフルエンザについて薬の事も含めてそこそこ説明する時間がありますけど。これ以上混んでくると3分診療になってしまいます。

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2007年1月30日 (火)

姫路での悪性リンパ腫患児死亡の民事裁判について

先週26日に神戸地裁であった判決が報道されました。亡くなった男児のご家族には心からお悔やみ申し上げます。

自分と同じ病気で亡くなる子がいまだに存在する事が悔しいですが、悪性リンパ腫には予後のよいもの悪いものがありこれも現実です。抗がん剤治療は常に死と隣り合わせである事は、今でも何ら変わりありません。

姫路赤十字病院において1999年から8歳の男児が悪性リンパ腫の診断で治療を開始、いったん退院し2000年に維持療法で化学療法を行った際に合併症の間質性肺炎で死亡されました。判決は報道によると死亡と治療の因果関係は認めず、姫路赤十字病院が小児白血病研究会と言う白血病や悪性リンパ腫についての研究会が作成したプロトコール(抗がん剤の種類、使い方の計画)を使用したのにかかわらず研究会に所属していないことを説明していなかったことなどに対して1000万円の賠償を命じたようです。

小児白血病研究会のHPには以下のような記載があります。
『小児白血病研究会は北海道・東北・東海・関西・京都・中四国九州の各地区の血液疾患の専門病院が白血病の簡便な治癒と安全性の向上を目的として共同で治療を行うために集まった会です。』

医師以外の方には研究会が何なのかわかりにくいかと思います。日本には○○研究会というのはたくさんありますが、任意の医師の集まりでしかありません。臨床試験レベルであるプロトコールを十分な説明なしに使用した事には倫理的な問題があるとわたしも考えます。しかし、研究会に所属しているかどうかを説明しなかった事が説明義務違反と認定された事には驚かされました。

以下は今回の裁判とは内容が少しずれますが、ご容赦を。

わたしは新生児を専門としていますが、小児科医として働いていたのは1998年までです。この件のわずか1年前ですが、この当時は血液専門医の所属しない病院での治療は当たり前に行われていました。しかし、わたしが小児科を離れた直後から、わたしたちの大学では地方病院での白血病治療をしなくなりました。専門医志向が高まっている時代の趨勢から、当たり前のことと受け止めていました。1999年は全国的に見てもその端境期にあったんだろうと思います。現在の状況で専門以外の重症疾患治療に当たる事を望むDrはあまりいないでしょう。自分が悪性リンパ腫で治療した際に主治医だったDrはそもそもが卒業してまもない研修医で、専門を持っていませんでした。その後、循環器を専門とされました。院内ではないものの専門医の指示を受けての治療でしたが、きっと大変だったでしょうね。

さて、専門医が行わなければいけない治療はどこからか?医師側と患者側の認識は大きく隔たりがありそうです。だれかが線引きをしてくれれば簡単ですが。小児科専門医であればそのサブスペシャリティーを問わず診療可能とわたしたちが考えても、患者側は各疾患の専門医の治療を望む事になるでしょうね。本音を言えば、専門性の高い疾患はすべて専門医に!と思わないわけではありませんが(わたしたちもその方がどれだけ楽なことか)、そもそも分野によっては専門医が不足しています。また、前のエントリーでも書きましたが、各分野の専門医を複数所属させる事ができるのは北海道では医大のある町だけでしょう。

わたしがサブスペシャリティーとする新生児分野でも、新生児専門医がいない事を説明せずに治療したなどと裁判が起こるんでしょうか?今の新生児専門医(まだ正式な学会の専門医は誕生していません)の数ではとてもNICUを支えることはできません・・・。専門医がいない事を説明して同意を得る事は可能なのでしょうか。今回の件に限らず現場の実情を無視した民事裁判の判決には多くの医師が戸惑っています。

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2007年1月22日 (月)

捏造番組

フジテレビのバラエティ番組での捏造事件が話題になってますね。昨晩、偶然チャンネルを回していたら、お詫び放送のあとのスタメンをやってて少しですが捏造の事が取り上げられていました。コメンテーターの宮崎哲弥氏が厳しい発言をして、司会者の阿川さんですか?こういう事はどの局もやってるみたいなニュアンスの発言をしてました。
「あるある・・・」のダイエット特集はわたしも見て、実践した事があります(笑)。個人的にはダイエット商品を紹介するテレビショッピングと同レベルのものと認識していました。ちなみにうちにはテレビショッピングで買ったダイエット器具が複数存在します(笑)。

捏造を本日の話題としたのは、今回の捏造番組を作った下請けの番組制作会社が過去にも同様の捏造番組事件を起こしているらしい事、そして昨年多くのDrの怒りを買ったフジテレビ「カスペ! 『今、日本がおかしい! 現役ドクター大告発!』」という(バラエティ?)番組の制作にも同じ会社が名を連ねていたらしいことを知ったからです。

放送法という法律に以下の規定が存在します。
第三条の二  放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

最近の医療報道を見ていて突っ込みたいところもありますが、バラエティについての規定はないんですね。

過去に捏造事件を起こしている会社が存続し、またさらにこの事件。下請けに出しているキー局にも責任がないはずありません。放送局のモラルは少なくとも不二家に文句言えるレベルではないようです。今回も下請けのやったこと、さらに下請けの会社は孫請けのやったこと、って言い訳してみんなが忘れちゃうのを待つんでしょうね。

勘繰ってしまうのは「カスペ・・・」にも捏造があったのでは?と言う事。医療不信を煽る内容だったらしいこの番組が与えた影響は、今回の納豆騒動と比較してどう評価されるでしょうか。放送業界はこの捏造問題をどこまで突っ込むんでしょう。突っ込む資格のあるテレビ局は存在しないんでしょうか。

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2007年1月20日 (土)

プレドニン(闘病記8)

プレドニンは副腎皮質ホルモンあるいはステロイドと言われる薬の一種です。
闘病中に使った抗がん剤のことは以前書きました。今回はプレドニンについて思い付いたことを書いてみたいと思います。

プレドニンに限らなければ、ステロイドを使うことは日常の診療の中でもしばしばあります。わたしが専門としている新生児医療においても、血圧低下、低血糖なんかで使うこともあれば、慢性肺疾患と言われるやっかいな病気の際に仕方なく使うこともあります。
新生児以外の小児科でもネフローゼ(腎臓の病気)、気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎、白血病、膠原病などホントにたくさんの病気の治療薬として使われています。

これだけの病気に効果があるよい薬ですが、特にアトピー性皮膚炎で軟膏として使う際には、お母さんから思わぬ強い拒否反応が出ることがあります。ここでアトピー性皮膚炎治療の詳細を書くことはしませんが、いわゆるアトピー商法にからんで出回っている情報によってステロイドが悪い薬と思い込んでいるお母さんがたくさんいます。外来でステロイドが恐いと訴えるお母さん達は、ステロイドを薦めてくるわたしのような医者も悪いやつと思っているかもしれません。わたしはステロイドの恐さを実体験として知ってるんですけどね。

悪性リンパ腫の治療においてもステロイドは重要な役割を果たします。わたしの場合、治療開始まもなくからステロイドはずっと飲んでいました。あのちっちゃくて飲み込み損ねると苦い薬・・・。
入院して3ヶ月ちょっと経った頃、いわゆる試験開腹を目的として大学病院の外科に転院となりました。ところが入院したのになかなか手術となりません。当時、聞いた話としては執刀する助教授が出張でいないんだとか・・・。抗がん剤の治療は中断されていて、その間、大量のプレドニンを飲み続けることになりました。そうこうしながら手術が終わり元の病院にもどって少しして、プレドニンの恐ろしい副作用が出てしまいました。入院から半年くらい経った頃のことです。腰を曲げた途端に激しい痛みが・・・。これ以前も以後も体験したことのない激しい痛みでした。プレドニンの副作用で骨が脆くなり、腰の骨がつぶれてしまいました。闘病中この寝たきりの時期がもっとも辛かったと思います。あまりの激しい痛みだったため、恐くてなかなかリハビリを始めることができませんでした。きっと本当はもっと早く歩くことができたはずですが、自信が持てずにかなりの期間ベッドの上で過ごすことになりました。この時に励ましてくれた看護実習生(前に書いた人です)がいなかったら、もっと長くベッドで過ごしていたでしょう。治療が終わってからもしばしば腰痛が出て、大学時代かなりひどい時もありました。幸いながら今はほとんど痛むことはありません。

ステロイドはよく切れる諸刃の剣です。昔からある古典的な薬ですが、これで命を救われる患者は今でもたくさんいます。免疫の研究がもっと進んで自在に免疫を操れるような時代になれば、昔はあんな副作用もある野蛮な薬を使っていたんだと振り返る日がくるでしょう。しかしながら、その日が来るまではステロイドが重要な薬であることに違いはありません。

わたしが腰痛で動けなくなった頃、こんな薬飲ませない!と母が主治医に言って、逆に叱られていたのを思い出します。

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2007年1月18日 (木)

飯田史彦先生講演会

わたしが関係しているわけではありませんが、以下の講演会紹介の依頼があったので掲載させていただきます。
当ブログへの問い合わせはご遠慮下さい。
以下、コピペです。

講演される飯田史彦先生は現在福島大学の教授です。

「生きがいの創造」などの著作で有名です。
下記ホームページに掲載されていますが、
数多くの病院や福祉団体などで、講演活動を行っています。
特に障害者、子供や家族を突然失い悲しみに浸っている方々に
生きる希望や勇氣を与える内容の講演をしてくださいます。

「飯田史彦 研究室へようこそ」http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/

大学教授として多忙な毎日の中で、
今回、数年ぶりに北海道に来て頂くことができました。
子供さんを癌で失い、悲しみから立ち上がれない。そんな家族に
是非、飯田先生の講演を聴いていただきたいと思うのです。


市民公開講座 (第6回北海道ほんのすすめ)
主催:NPO法人読書普及協会チーム札幌、生きがいメディカルネットワーク北海道支部


飯田史彦先生講演会
「生きがいの創造 〜新時代の医療に求められるスピリチュアル・ケアの意味と方法」

日時:平成19年3月21日(水)
場所:札幌医大講堂 400名
会費:1000円(一般)、高校生以下無料(予定)

飯田史彦(いいだ ふみひこ)氏プロフィール

人間の価値観やメンタルへルスについて研究する経営心理学者。福島大学経済経営学類教授、Intercultural Open University(オランダ)統合医学部名誉教授、ロンドン市立大 学大学院客員研究員、経営学博士(米国)。東北大学大学院・筑波大学大学院などでも講師を務める。

代表作に、130万部を超えるベストセラーとなり7ヶ国語に翻訳された「生きがい論」シリーズとして、最新刊『決定版・生きがいの創造 〜スピリチュアルな科学研究から読み解く人生のしくみ』(2006年9月)をはじめ、『生きがいの創造  〜永遠の愛・めぐり逢う生命』、『ツインソウル 〜死にゆく私が体験した奇跡』、 『ソウルメイト 〜「運命の人」についての7つの考察』、『愛の論理 〜私たちは、どこまで愛せばゆるされるのか』、『生きがいの教室 〜人生の意味を問う「生きがい教育」のすすめ』、『親と子で語る人生論 〜生きる意味の伝え方』、『生きがいのマネジメント 〜癒しあい、活かしあう生き方へ』など、20冊以上の著書がある。(以上、すべてPHPから出版)

飯田の著書に共感する190名の医師と110名の看護師の研究会「生きがいメディカル・ネットワーク」の顧問を勤め、その著書を活用している病院や福祉施設も多い。医療関係の多数の学会や病院・医科大学・看護学校・看護協会で講師を勤めているほか、各地の中学・高校・大学・高専などで生徒向け・教師向けの講演を行っている。ひとりの研究者として、あらゆる思想・宗教団体からの中立を守っている。

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2007年1月17日 (水)

ネットと医療

書いてみてタイトルが少し大袈裟かなと思いますが、取り合えずそのままで。

わたしが勤務するのは北海道の中でも人が疎らな広大な3次医療圏をカバーする基幹病院です。百数十キロも離れた町から通院している患者さんも多くいますが、3次医療圏すべての人口でも30数万人にしかなりません。都市部では2次医療圏に相当する程度の人口です。
ネットの普及によって玉石混交ではあるものの、情報は全国津々浦々で大差ない状態となりました。何か情報を得たい時にパソコンのスイッチを押す人は、今や本を開いたりする人より多いでしょう。ところが、医療は全国どこででも都市部と同じものが提供されているわけではありません。3次医療圏の基幹病院であれば、本来は各分野の専門医が配置され、365日24時間体制で医療が提供されるはずです。それは100万人程度の人口をカバーする病院だからこそ成り立つわけです。北海道では札幌圏を除いて100万人の医療圏を作ろうとすると、トンでもない広さになってしまいます。結局のところ、2次医療圏の基幹病院のレベルで3次医療圏の基幹病院としての医療を担うことになってしまいます。

病院を受診する前にたくさんの情報を集めている患者さんが増えてきました。専門医の診察を受けたい、専門的な治療を地元で受けたい。いつでも小児科医に診察して欲しい。ここのところ要求はどんどん高まっている印象です。うちも基幹病院と呼ばれる事はあるものの、それ程の機能を持っているわけではありません。ネットで読んだ治療を受けたいと言われる事もでてきました。高まる要求につらい思いをする機会が増えています。患者の陳情を受けて専門医の診療体制を!なんて病院にねじ込んでくる勘違いした市議会議員もいるようで・・・。

この地域の医師が減少し、救急体制が危うくなる可能性すらあるのに、このギャップ・・・。市議会議員のブログに、病院に要求したことを自分の手柄のように書いてるのを見て気分悪くなりました。

日本では田舎でも診療所があちこちにあって、専門的ではないものの医療が提供されきました。悪い言い方ですが、それなりの医療であれば地方でも身近にあったわけです。しかし、患者がそれなりでは嫌だ!と主張する事が多くなったために医療の集約化が始まっています。Drコトーが何人いたら要求が満たされるんでしょうか?北海道では桧山支庁から分娩施設がなくなったと報道されました。2次医療圏から分娩施設が消え、1時間半かかる函館に行かないとお産ができなくなりました。

入院した子どものお父さんにできるだけ丁寧にわかりやすく病気を説明したところで、「どうですか?何か質問はありませんか?」と聞くと、「昨日ネットで見たのと大体同じだから。」なんて言われて質問はなし、何だか複雑な心境です。

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2007年1月10日 (水)

おかしな冬

この冬の北海道はおかしな天気です。雪は多くの地域で例年より少ない。お正月はほとんど雪がありませんでした。こんなに雪のないお正月は記憶にないくらいです。
先週末は台風並みの前線がやってきたために大雪の地方があったようですが、地元は雪のあと雨が降って大方は融けてしまいました。1月に雨とは何とも珍しいことです。

おかしな気候と関係あるかは知りませんが、小児科外来はなぜかガラガラ。小児科医は季節によって暇になったり忙しくなったり大きく変動があります。夏休みの暇な頃を小児科医は一般に夏枯れと表現しますが、患者数は大きく減少します。北海道は長い冬休みがあるために冬枯れが時にやってくるわけです。来週で冬休みは終了なのでインフルエンザなんかの感染症が広がって月末からは忙しくなるでしょうけど、束の間の休息でしょうか。

ただ、NICUの方は入院が立て込んでまた定床オーバーです。軽症ばかりなので楽で満床の状態ですけど。

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2007年1月 4日 (木)

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。
2007年はじめてのエントリーです。

年末の当直は重いことがありましたが、正月三が日はゆっくりすることができました。その間の病院は落ち着いていたようです。
今日の仕事始めは年末から引き続き、流行している疾患があまりないようで楽でした。ただ当直の時間帯に入ってからバタバタしてやっと夕食にありついたのは11時近くです。
今日は疲れたのでこの辺で。

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