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2007年2月24日 (土)

小児科医の過労死

以下は2月23日北海道新聞からの引用です。

『小児科医死亡は過労死 時間外、月100時間超 道労働局認定』

道北の公立病院などに勤務していた小児科医の男性=当時(31)=が突然死したのは、月百時間を超す時間外労働による過労死だとして、遺族が旭川労働基準監督署に労災を申請していた問題で、北海道労働局は二十二日までに、労災と認定し、遺族補償年金の支給を決めた。医師の過労死認定は全国的にも極めて珍しい。医師不足の原因の一つとされる勤務医の過酷な労働実態の見直しを求める声が、さらに強まりそうだ。

 男性医師は二○○二年四月から○三年七月まで臨時職員として、○三年八月から正職員として、公立病院に勤務。同年十月に富良野市の民間病院に移ったが、六日目に自宅で突然死した。

 遺族や関係者によると、男性は公立病院で、一市三町(当時)の小児救急を他の医師二人と共に支えていた。午前九時から午後五時の通常勤務に加え、泊まり込みの当直が月三−四回あった。さらに救急患者のために待機する当番が月二十−二十五日あり、多い日で一晩に五回呼び出されたという。月の時間外勤務は平均百時間を超え、休みは月に一、二日だった。

 小児科の救急外来には毎晩平均五人の患者があり、男性の当時の上司は「患者数に比べ医師が足りなかった」と打ち明ける。

 また、富良野の病院ではわずか五日間で三十二時間の時間外労働をしていた。突然死する前日の夜も呼び出しの電話で飛び起き、病院に向かったという。

 遺族は「『僕が死んだら働きすぎだから』ってよく冗談で言っていました」と振り返る。

 国は業務と疾患の因果関係を認める基準として「発症前二−六カ月間、月八十時間を超える時間外労働」を挙げているが、医師の死亡前一年間の時間外労働は毎月百時間を超えていた。

 労働局労災補償課は「労災保険の対象外の公立病院正職員だった二カ月を除く期間で、過重負荷の労働があったと判断した」と説明している。

 申請を担当した高崎暢(とおる)弁護士(札幌)は「あまりに過酷な勤務であり、(職場管理者が)事前にやめさせるべきだった。労災認定は当然」と指摘。医師が勤務して「た公立病院長は「今は取材に応じられない」と話している。

以上、引用終わり。

同じ北海道の小児科医のことです。面識はありませんが、大切な仲間を失った気持ちです。ご家族には心からお悔やみ申し上げます。

わたしはたまたま巡り合わせで、少人数の小さな小児科で勤務した経験がありません。これまでもっとも月の当番が多い時でも15日程度でした。これでも十分異常なことですけど。しかしながら、20〜25日の呼び出し当番なんて当たり前との声も地方の医師から聞こえそうです。地方勤務の医師にとってこの位の勤務状況は特別でないほど過酷なものです。
弁護士のコメントは「あまりに過酷な勤務であり、(職場管理者が)事前にやめさせるべきだった。労災認定は当然」とのことですが。さてどうすればよかったんでしょうね。

第66回労働政策審議会労働条件分科会で使用者側委員の奥谷禮子氏が有期労働契約や管理監督者の扱いの議論の中で、過労死の問題について「自己管理の問題。他人の責任にするのは問題」「労働組合が労働者を甘やかしている」と発言しています。安倍政権の労働政策を決める立場にある委員の考えとしては恐ろしくなりますね。八代氏といい柳沢氏といい、安倍総理の人を見る目は失格としかわたしには思えません。

道北の公立病院小児科医は呼び出しがあっても、疲れているからとの理由で診療を断ることが可能だったんでしょうか。職場管理者が事前にやめさせるべきだった、との点は3人小児科医がいて(どんな年齢構成かは?)このDrのオンコールが月20〜25日だったことから考えて責任がないとは言えないかもしれませんが。でも、3日に1回のオンコールとしても、その度に5回も呼び出されたら中年以降のDrなら過労死しそうです。

いずれにしても、多くの地方公立病院の勤務医は過労死したDrとほとんど変わらないような過酷な勤務を強いられています。この現状から逃れるには地方から立ち去るしかありません。病院管理者にどうにかできるとすれば、時間外診療中止を宣言することでしょうが不可能に近い話です。「Drコトーはいる」と見出しを書いた道新に責められてしまうでしょう。

国の政策として、地域医療の中でもっとも重要な位置にいる地域の基幹病院、地方の公立病院で勤務している医師に対する待遇を改善することが急務と考えます。過労死したDrが勤務していた病院で、週休2日、認められる範囲での時間外労働での勤務を義務づければ恐らく倍のDrを必要としたでしょう。国やマスコミが言うように、医師の都会あるいは過重労働の少ない診療科への偏在だけで医師不足を説明できるのでしょうか?やはり医師の総数を増やすこと、コンビニ化した時間外診療を必要な患者に制限することなど多方面に渡る手当てが必要な緊急事態ではないでしょうか。

わたし自身も過労死を意識するほど酷い状況になったこともあります。重症患者に対する治療での過労死なら、板橋の警官が殉死した痛ましい件のように家族も理不尽なものとは考えないかもしれません。しかし、さほど受診の必要がないコンビニ化した時間外診療のために仲間や家族が過労死したなら、これはとても許せるものではありません。

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2007年2月22日 (木)

アカデミー賞

しばらく更新が開いてしまいました。特別に忙しいわけではありませんが、外来数はジワジワ増加しています。インフルエンザが流行ってきたせいもあって、けいれん重積が連日入院したりで病棟もバタバタしています。季節によって忙しさが大きく変動する小児科では、2月から3月はもっとも忙しいはずの季節ですからこんな程度は当たり前です。今年はまだいつもよりは落ち着いている方でしょうか。

病棟は集約化に向けた改修工事が急ピッチで計画され、まもなくスタートとなりそうです。しかしながら、器は何とかできても問題はそこで働く人材です。これがなかなか難しいようです。どうなりますか。
地元では小児科、産科の集約化により、お産ができる施設が2つになります。伝え聞く情報によると、残る2施設でも現状の産科医数が確保できるか微妙な情勢とか・・・。

ここでやっと本題です。やや時間の経った話題ですが、アカデミー賞の主演男優賞に渡辺謙さんが選ばれた件です。渡辺謙さんと言えば、急性骨髄性白血病を克服したことはよく知られていますね。わたしは歴史が好きで以前からNHKの大河ドラマはよく見ていました。渡辺謙さんが伊達政宗を演じた大河は当時かなりの人気でしたね。わたしも当時からファンでした。『天と地と』の撮影中に白血病を発症し、降板となった際は本当に心配しました。これも大河の『炎立つ』で復帰した時にはうれしかった。でも、その後すぐに白血病が再発し、さらに治療後復帰され今の大変な活躍ぶりです。
渡辺謙さんが病気について語るのをこれまでほとんど聞いたことがありませんでした。アカデミー賞の授賞式で短いコメントでしたが、語った内容にじーんときましたね。
病気をしたことと関係があるのかはわかりませんが、ひたすら強い男を演じていた頃と今はだいぶ変わってきました。歳を取って深みが出てきた事もあるでしょうけど、病気を経て大きくなったのかなと思ったりもします。

40歳を目前に控え、かっこいい中年になりたいと思う今日この頃です。

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2007年2月12日 (月)

一面の銀世界

ここまで雪の降らない冬が続いていて、地元はほぼ積雪がゼロとなっていました。2月に雪がないのは恐らく生まれて初めての経験です。地球温暖化は困るけど、雪がないのはやっぱりいいなあ、将来は冬だけでも雪のない地方で暮らしたいなあ、などと考えていました。

今朝起きて窓の外を見ると一面の銀世界、快晴の天気と相まって実に清々しい景色です。少しするとどんどん溶けてドロドロになっちゃうんですけど。雪景色もちょっといいなと思った朝でした。

しかしながら、早朝から具合が悪く、体調は最悪。体の節々が痛くてつらい・・・。

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2007年2月 9日 (金)

日本航空と全日空の差

日本航空の経営状態がよくないとの報道がされています。それを見て思い出したことです。もうずいぶん前のでき事になります、確か1998年になるのかな。

小さな未熟児として生まれた子に先天性の心臓病が見つかりました。治療の難しい先天性心疾患は道外への搬送が選択されることも時々あります。長野県立こども病院、福岡市立こども病院、昔は東京女子医大などへ赤ちゃんを連れて行った経験があります。そんな赤ちゃん搬送の時のことです。

全日空にはスカイアシストという体の不自由な人のためのサポート窓口があり、日本航空にも同様の部署がありました。搬送先までの飛行機の時刻を確認し、日本航空の時間の方がよいと考えてまずは日本航空に電話しました。その日は金曜日、搬送先の意向で搬送は翌週の月曜日が予定されていました。窓口に電話し、患者の状態、機内に持ち込みを予定している医療機器などを伝えます。使用する医療機器が日本航空にとって未経験だったようで、返事は一時保留として検討しますとの返答でいったん電話を切りました。電話を待っていてもなかなか返事が来ません。夕方の5時が近づきだんだん心配になってきたところで、やっと電話がありました。「担当のものと協議した結果、土日も挟むため安全の確認ができません。搬送はお断り致します。今後は予定の一週間前にはご連絡下さい。」という内容でした。茫然とするわたし・・・、「一週間前・・・」の言葉が捨て台詞のように頭にリフレインします。一週間前にはこの子生まれてないんですけど・・・。気を取り直して全日空のスカイアシストに電話します。窓口の方にこれこれで日本航空には断られてしまいました。何とかならないでしょうか?と頼んでみると、その医療機器が未経験であることは全日空も同じだったようですが、その場で「当社でお受けします。」との返答が帰ってきました。担当のものと検討なんてものはなく、その場でOKです。ホッと胸を撫で下ろし、翌日土曜日のうちに準備は完了となり、月曜日、無事に赤ちゃんを送り届けることができました。もうこの一事でわたしは全日空の大ファンとなり、一生全日空にします!!と心に誓いました。時々仕方なく日本航空も使ってますが。

組織としての動きの差があったのは確かです。報道を見ていて「そうだろ、そうだろ・・・」と妙に納得していたわたしです。

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2007年2月 5日 (月)

北海道新聞社説(2月4日分)

地元北海道新聞には連日のように医師引き揚げが報道されています。地方の中核的な都市の病院から医師あるいは診療科ごとの引き揚げが大方の予想通りに進んでいるようです。他の地方から学ぶならば、医師数が減少した病院は残されたDrに、診療科ごと撤退があった町では残された病院に負担が押し寄せ、今年はドミノ倒しが始まるかもしれません。

そんな中で昨日の北海道新聞社説を見てさすがに驚きました。すでに「伊関友伸のブログ」などでも取り上げられ、意見が寄せられています。

『医師引き揚げ*地方の患者を誰が診る』

地方自治体病院からの医師引き揚げの理由は、二年間の臨床研修が義務づけられた結果、大学病院から派遣できる医師の数が不足したことによる。この研修制度を作った国に地域の医師確保の責任があると断じています。

そして、「厚生労働省は研修後の医師の追跡調査を急ぎ、若い医師が医局に定着しない原因を多角的に分析すべきだ」と論じています。あれっ、医局を悪者として徹底的に叩くキャンペーンをやってたのは北海道新聞でしたね。いつから医局に人を集めろという考えに変わったんでしょうか?確かに1年ちょっと前に北海道新聞から取材の電話が来た時、医局が医師派遣に一定の役割を果たしていたのは理解しているみたいな事を言ってましたけど。

さらに以下の対策を提案しています。

地域医療に理解ある医師を育てるため、自治体病院での臨床体験を研修で必須とすることも検討してほしい。

実効性が期待できるのは、医師になる人には、一定の期間、地方の病院での勤務を国が義務づけることだ。

強制力を持たせなければ、抜本的な解決は図れないかもしれない。

感想ですが、新聞社ってその時々で無責任な事を言ってれば済む、暢気なもんだな~と思います。地方の自治体病院では研修医を指導する立場の中堅どころは疲れきっています。指導する時間もないでしょうし、そんな疲れた中堅医師を見て研修医はどう思うでしょう。もちろん手助けしたいと考える熱意溢れる研修医もいるでしょうが、多数派ではないですね、きっと。そして、強制的に地方に医師を送れ・・・とは。徴兵制じゃあるまいし、国にそんな事が可能なわけないでしょう。強制する代わりに労働基準法遵守の約束でも提案してくれるんですか?研修中で独り立ちできない医師が地方に行っても困るでしょうし。そこで研修医が事故を起こしたらどうするんです?今度は医療過誤と叩いて辞めさせるつもりですか。

もう地方は身の丈にあった医療を住民が受け入れるしかないでしょう。なぜ地方に医師が行きたがらないのか、そこをまず考えなくては。医師にだけ負担を求める考えは誤っていませんか?

おまけ(ちょこっと追加掲載)

北海道新聞よりもっとローカルな新聞を見て、目がテンです。1面に医師引き揚げのことが・・・臨床研修制度により研修医は自由に研修病院を選べるようになった。「医は仁術」ではなくなり「医は算術」となったために、研修医は条件のよい都会に集まった。そのために大学が医師不足となりその煽りがここまで来たと・・・。まあよくもこんな事書いたもんですね。抗議しようかな。

研修医の給料は都会に行くほど安い傾向があります(研修医に限らない傾向ですが)。北海道の研修医は恐らく日本一高給ですし、下手すると都会の自治体病院の若い正職員より高いかも。明らかに間違った記事です。新聞社の記者がこんな偏見で記事を書いているのは許せませんね。

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2007年2月 3日 (土)

長野県立こども病院

長野県立こども病院の小児救急を一般患者に開放するかどうかについて、前院長が辞職するなどのトラブルになっているのは知っていました。今回こんな記事を見かけました。信越放送によるものです。

『県立こども病院の検討会、経営改善求める意見相次ぐ』

田中前知事が一般の外来患者の診療を始める方針を示した、安曇野市の県立こども病院のあり方を考える2回目の会議が開かれ、病院の経営改善を求める意見が相次ぎました。

松本市で開かれた検討会には、県の医師会や信大病院の医師、それに患者の会の代表ら13人の委員が出席しました。

この中で、県の担当者がこども病院が抱える累積赤字が昨年度末で17億円あまりに上ることや、医師1人当たりの1か月の超過勤務手当が35万円と、他の県のこども病院に比べて突出していることなどを報告すると、委員からは経営改善を求める意見が相次ぎました。

これに対し、こども病院の宮坂勝之院長は「超過勤務が非常に多いとは思ったが、今後、病院全体でどうするか考えていきたい」と、内部でも検討する考えを示しました。

この会は、医師や患者などこども病院に関わるさまざまな立場の人が意見を出し合って、病院のあるべき方向を検討するもので、次回は来月15日に開かれます。

以上、引用終わり

長野県立子ども病院と言えば、「電池が切れるまで -子ども病院からのメッセージ-」と言う本で有名です。ここで亡くなった神経芽細胞種の子どもが書いた本で、のちにドラマ化されました。われわれ小児科医から見ると、小児がんの診療はもちろん小児循環器や新生児などの分野でも臨床、研究ともにすばらしい実績を残しています。やや記憶があやふやですが、赤字になることを見越してこの病院を作ったのはオリンピックもやった田中康夫知事の前任の方だったと思います。高いレベルを求めて全国から小児科医が集まっており、この病院によって長野県の新生児死亡は激減するなど結果を残してきました。

この記事ですごく不可解なのは、「医師1人当たりの1か月の超過勤務手当が35万円」と他のこども病院よりも高く「委員からは経営改善を求める意見が相次いだ」の部分です。推測ではありますが、多分間違いなくこの病院のDrはそれだけの超過勤務をしていたんでしょう。さて、経営改善とは?どうするの?

医療のレベルを下げてみんな定時に帰宅する。
超過勤務はボランティアにする。
超過勤務が必要になるような重症疾患を他県から受け入れるのを中止する。(ここは他県から重症の先天性心疾患などの児を受け入れ治療しています)

皮肉っぽいですが、わたしにはこんな事しか思い浮かびません。恐らく他県のこども病院のDrは超過勤務をボランティアでやってるんでしょうね・・・。
赤字を承知でこどものために医療を提供してきた長野県のやり方を、わたしは以前からうらやましく思っていました。県民の評価はどうなんでしょうね。ここで身も心もすり減らして働いてきたDrの今の気持ちを思うと同情してしまいます。

こども病院が救急をやるのかについては、現状不可能と思いますが必要な医師数を確保して過重労働なしに運営することができるのであれば賛成です。経験あるパラメディカルを含めたスタッフを揃えたこども病院が救急をやることのメリットはありますが、すでに月35万円の超過勤務をしているDrに救急をやれとは言えませんよね。

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