« 40歳の誕生日 | トップページ | 医者一人の養成に1億円 »

2007年3月 4日 (日)

また民事裁判のお話し

毎日のように医療過誤訴訟の記事が新聞にでています。一つ一つ取り上げるつもりはありませんが、産科医がからむ民事裁判の記事は本当に多いですね。現在の産科崩壊につながる昨年の福島県大野病院産科医師逮捕のように重大な事ではないかもしれませんが、この民事裁判の多さも分娩施設減少に少なからぬ影響を与えていると思われます。
いつものように新聞記事からでは事の詳細を推測することは難しいですが、わかる範囲でまた書いてみます。ブログにこんな事を書くことに意味があるのかとも思いますが、ここには医療関係者以外もいくらかは訪れているでしょうから無駄にはならないですかね。

以下は毎日新聞からの引用です。

大和市立病院損賠訴訟:出産後に障害、市に1億4250万円命令−−地裁 /神奈川
 ◇担当医の過失認める
 大和市立病院(大和市深見西)で97年に仮死状態で生まれた男児(10)=東京都町田市=が手足のまひなど重い障害を負ったのは、同病院の担当医師が適切な時期に帝王切開しなかったためとして、男児と両親が大和市を相手取り損害賠償を求めていた訴訟で、横浜地裁は28日、同市に計約1億4250万円の支払いを命じる判決を言い渡した。三木勇次裁判長は「担当医は速やかに帝王切開の準備を始めなかった」と過失を認めた。
 判決によると、母親は97年2月24日午後9時ごろ、胎児の心拍数が一時的に低下する症状が表れ始め、同40分にも再発したため担当医師が帝王切開を決定。午後11時ごろ、帝王切開で男児が生まれたが、手足のまひや発達遅滞の後遺症が出た。
 三木裁判長は「午後9時ごろには既に胎児の心拍数が一時的に低下する症状がみられ、帝王切開の準備を始めるべきだった」と指摘。さらに「帝王切開決定から実施まで約1時間16分要し、遅きに失した」と述べた。【伊藤直孝】

以上、引用終わり。

裁判長が指摘する問題点は1. 胎児の心拍数が一時的に低下する症状が出現した時点で帝王切開の準備をするべきだった 2. 帝王切開決定から実施まで1時間16分を要したのは遅すぎる の二点です。
一つめですが、今いくつか文献を見てみると胎児の心拍数が一時的に低下する症状出現率は全部のお産の中で30%程度にはなるようです。つまり、ほとんどの場合は胎児の心拍数が一時的に低下しても何の問題もないわけです。胎児心拍数が一時的に低下したら帝王切開の準備をとなれば、大変なことになるのはわかりますね。ただ、遷延性一過性徐脈(長く続く心拍数の低下)などのケースでは通常すぐに帝王切開が決定されます。今回のケースがどちらなのかはわかりません。二つめの帝王切開実施までの時間ですが、一般に30分以内が高度な役割を持つ周産期母子医療センターでは合格点とされています。周産期母子医療センターの認定基準は帝王切開の緊急実施を意識して、産科医が常に二人当直していることとなっています。ただ、麻酔科医の規定はなく、夜間であれば麻酔科医やオペ室看護師は呼び出しとなってしまいます。わたしの病院では火災訓練のようなシミュレーションまで実施し、ほぼ30分以内が実現されています。しかしながら、周産期母子医療センターではない病院では何分が合格点と言えるのでしょうか。この裁判長は1時間16分は不合格と認定したわけです。抜き打ちで検査を実施したらかなりの病院が不合格となるでしょうね。よほど慣れた周産期母子医療センターや、逆に小さな開業医で普段から少ないスタッフで麻酔科医なしで帝王切開をしている所では合格が多いかもしれません。

民事裁判では過失の程度をお金に置き換えるわけですが、これで1億4250万円は驚きです。明らかな過失でなくともこれだけの責任を求められるのは、バランスを欠いていると思われます。アメリカでは産科医の払う保険額が高騰しており、州によっては年額10万ドルにもなるとか・・・。日本では弁護士が増えていくとこの先どうなるでしょうか?お産は自費診療ですから、この負担は分娩費用に加算されることになります。

最後にマメ知識ですが。
この記事には胎児仮死という言葉は登場してきませんが、現在正式に胎児仮死の言葉は使用されていません。昔使っていた胎児仮死は英語でfetal distress、ちなみに新生児仮死はneonatal asphyxiaです。日本語で仮死は一緒ですが、英語では違います。胎児仮死は簡単に言うと、胎児が苦しがっているかもしれない程度の状態を表しており、誤解を招くとのことで使用されなくなりました。正式には胎児ジストレスとするとなったはずですが、普及していません。意味わかりませんから。アメリカではさらにfetal distressが“non-reassuring fetal status”に言い換えられています。こちらは安心できないと言うような意味ですが、まだ日本語は当てられていません。お腹の中の赤ちゃんが元気かどうかをしっかり判定するのが困難なのは現代医学でも変わりません。病院でのお産は「自然でない」のを理由にマスコミに避難されることもありますが、胎児の心拍数低下をどんどん帝王切開していたらとんでもない帝王切開率になってしまいます。産科医にとってはそれが安全となりますが。

|

« 40歳の誕生日 | トップページ | 医者一人の養成に1億円 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: また民事裁判のお話し:

« 40歳の誕生日 | トップページ | 医者一人の養成に1億円 »