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2007年4月26日 (木)

めまいが・・・

柳沢厚労大臣、南野元法務大臣、武見参議院議員など自民党の医療にかかわる面々を見ていると、政府の医療政策にはまったく何の期待もできないなと言う気持ちになります。

さて、では民主党はどうなのか?
提言している政策を見ていると、われわれ医療者にとっても患者側にとっても心地よい言葉が並びます。

以下の民主党のマンガがある掲示板で紹介されていました。

http://www.dpj.or.jp/kosodate/manga/manga09.html

めまいがしましたよ・・・

夜中に40℃の発熱→救急車で病院へ搬送→笑顔で歩いて帰宅

民主党が提言している地域小児科センターの役割は入院を必要とする2次救急のようです。

このマンガのような患者は今もいるわけですが、こんな受診が小児救急を崩壊させる推進力になっているんじゃないですか。地域の小児救急を守る上でもっとも大切なのがこういった無用な救急車要請、無用な救急受診を減らすことでしょう。

政権を取るためには選挙に勝たなくてはいけません。選挙に勝つためにはこういう宣伝が必要・・・と言う事でしょうか。

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2007年4月21日 (土)

大学病院

また戻ってきた大学病院ですが、思い返せば患者として入院したのは今から28年前になります。地元の病院からの紹介で仲間が中学校に入学する頃、わたしは大学病院に入院しました。精神的に本当につらい時期でした。はじめは個室で、夜はひとり泣いていました。大部屋に移ってからは窓から芝生や銀杏の並木が見え、だんだん青々としてくるのを毎日眺めていましたね。

それからずいぶん経って、学生として同じ大学病院に帰ってきました。病院前の銀杏並木はわたしにとってお気に入りの場所です。朝は少し早めに家を出て、遠回りしてもキャンパスの中をぶらぶら歩いて講義室に向かっていました。つらい思い出のある大学病院ですが、銀杏並木は昔から心を癒してくれていました。

学生時代、実習の時に症例をまとめるように言われカルテ庫に入りました。当時、入院から10年ちょっと経っていましたが、まだカルテ庫には自分のカルテが残されていました。どきどきしながらカルテを開いて、看護記録に目を通すと自分の言葉がそのまま記録されていました。細かい内容はもう忘れてしまいましたし、その時の気持ちはわたしの文章力では表現できそうにありません。

その後、小児科の研修医として、さらに経って新生児専門医を目指す勉強に、またさらに思いも寄らず大学病院に帰ってくることになりました。病院はすでに建て替えられましたが、病院の前の銀杏並木は変わりません。よくよくわたしとは縁のある場所のようです。大学病院との“腐れ縁??”はいつまで続くのやら・・・。

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2007年4月18日 (水)

異動後最初の当直

新しい職場で3日目です。と言っても、もう7年ぶりになりますがかつて働いていたところです。
大きく変わったところはないものの、7年も経つとさすがにほとんどの業務を忘れてしまってます。何をするにも手順が煩雑きわまりなく働きやすい場所ではありませんでしたが、コンピューターが導入された事で一段とひどくなってますね。どうにかならんものかと思いますが、一度完全に解体しないとどうにもならないかな。

少し疲れたので今日はこの辺で・・・

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2007年4月 2日 (月)

異動前最後の当直

今日が今の勤務先での最後の当直となります。
医師になって15年のうち、出たり戻ったりしながら9年も過ごした病院です。やや感傷的な気持ちになりますね。

ここの病院らしいんですが、3月から当直は当たりまくりで救急車がバンバン入ります。どうも今の流行りはけいれんを起こすようですね。3月末は一週間で7台の救急車を自分一人で受けましたが、今夜もすでに救急車が入っています。重症患者ではないので、これを書いているんですけども。

思い返せば忙しい病院でした。でもそのおかげで、大概の事では動じない経験を積む事ができました。はじめて受け持った未熟児もこの春には中学生です。小学生だった子が今やお母さんになって子どもを受診させに来ています。そんな成長を見られることが小児科の一番の楽しみであり、やる気の源です。

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