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2008年1月28日 (月)

大野病院事件第12回公判:遺族の意見陳述

福島県立大野病院の産科で、帝王切開中に癒着胎盤の母体が死亡した事件の裁判が終わりに近づいています。医師が医療事故に絡み書類送検との報道はしばしばされていましたが、逃げも隠れもせず診療を続け、すでにカルテなどの証拠保全も終了し証拠隠滅も誰かとの口裏合わせの可能性もなかった医師が逮捕されたこの事件はわたしたち医師に大きな衝撃を与えました。

当初、事件の詳細はわかりませんでしたが、裁判の経過の中でわたしたちにも詳細が明らかになりました。その中でわたしたち多くの医師は被告の加藤医師には刑事責任はないと認識し、また自分がいつでも加藤医師と同じ立場になりうることを自覚しました。様々な要因で危機的状況に向かっていた医療の崩壊を加速させた事件である事はわたしたちにとって疑いありません。

近年、医療事故に絡む民事裁判が増加し、かつてはほとんどなかった刑事裁判すら医療の中に入ってきました。裁判の報道がなされる時、遺族の発言にはいつも「真実を知りたい」と言うコメントがあります。殺人事件であれば必ずどこかに“犯人”が存在し、また真実も一つ存在するでしょう。しかし、医療ではどうなんでしょうか。患者さんが亡くなった時、わたしたち医師は経過を振り返って検証し多くの議論をし今後につなげる努力をします。仮に病理解剖が行われていたとしても真実が見つからない事は多いものです。その中でわれわれは最善と考えられる道を探っていくしかありません。今回の裁判の中でも専門家による多くの医学的議論がありました。結果として多くの医師は被告の加藤医師には責任がないと認識するに到っています。

ロハスメディカルブログ『福島県立大野病院事件第12回公判(速報)』に先週行われた遺族の意見陳述が掲載されています。

これを読んでいて何とも言えない暗澹たる気持ちになってしまいました。医学的には十分な議論がされた今回の公判の中で、遺族にはどんな真実が見えたのでしょうか?夫の発言に「何も問題がなければ、なぜ、妻は死んでしまったのか、とても疑問です。」との言葉がありました。これと似た言葉は他の医療裁判の記事でも見たことがありますね。医療とはまったく関係ありませんが、少し前に報道されていたクジラ救出作業中の死亡事故でも人が亡くなったのだから誰かに過失があったはずとのコメントがあったように思います。この時は善意で行ったクジラ救出の中での事故で過失を問う必要があるのかとの報道がなされていました。では、医療における犯人捜しには今後につながる何かがあるんでしょうか?

医療においては些細なミスや判断の遅れ、時には明白な原因がなくとも、その結果が重大であることは多いものです。結果が重大なら責任も重大!それは正しい?

甲子園で内野手がわずかなファンブル・・・それがサヨナラ負けの原因、という時にその選手を野球界から追放すればエラーはなくなりますか?気持ちが収まらないから追放でいいじゃないかと思えますか?

人の命とスポーツでは比較にならないと言われるかもしれませんが、結果が重大であることはそれが医療の本質である以上仕方がありません。他人の命を自分の掌にのせて仕事をしているのが医師にとっての日常なのです。命と向き合う現場から多くの医師が去っていく現状をだれに非難できるんでしょうか?

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