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2009年5月17日 (日)

小児の臓器移植

このブログの前身であるHPを立ち上げのは日本で臓器移植法が成立してからまもない頃でした。臓器移植について当時思ったことを書いたのを覚えています。

長い間たなざらしになっていた子どもの脳死臓器移植が再び議論されています。きっかけは世界保健機関(WHO)が海外での移植の自粛を促す指針を出したこと。これまで日本では15歳以上でなければ臓器提供の対象となりませんでした。ですから、体の小さな子どもへの心臓移植などは国内では事実上不可能でした。

マスコミを通じて海外での臓器移植を行うために募金活動が行われているの目にする機会はしばしばありました。心臓移植を行うためにアメリカ、ドイツなどに渡った日本の子どもは数十人に上ります。アメリカでは心臓が余っているから日本の子どもにも提供されるかと言えばそうではありません。アメリカ人の子どもが移植待機中に亡くなっているのが現状です。その中で海外での移植が制限されることは仕方ないことと言えるでしょう。

最近の新聞、ニュースで時おり子どもの脳死について取り上げられています。移植を受けられずに子どもを亡くしてしまった家族、脳死と判定されながら何年も心停止とならずにいる子どもを持つ家族、どちらの家族の想いも子を持つ親であれば理解できるものです。

わたしにとっては、日常の仕事の中でも経験することです。脳死となりながらも心臓が動き続け、体はどんどん成長して大きくなり、歯も生えてくる。そんな子どもを目の当たりにして子どもの強い生命力を感じることもあれば、移植でなければ生き延びることができない子どもに出会うこともあります。想いは複雑です。普段からそんな現場にいる自分でもクリアカットに結論を出すのは難しいと感じます。医師としての科学的な部分では脳死が人の死だと理解できますが、実際に脳死の子どもと接し、自分の子どもにそれが起こったとしてどうかを想像すると理屈ではどうにもならない想いも湧き上がってきます。

世界基準で考えれば脳死は子どもにおいても死とするのが常識です。脳死と判定されながら自発呼吸が再開した例なども報告されていますが、意識が回復することはありません。従来の心臓死では、死亡宣告のあとほぼ完全に回復した例が存在しますから脳死の方が厳密な死であるのは間違いないでしょう。

仮に日本でも子どもの脳死移植が認められたとして、恩恵を受けられるのは移植を必要とする子どものごく一部にしかなりません。でも、少数であっても生きるチャンスをあげたいと思います。

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