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2009年9月15日 (火)

積丹岳スノーボーダー遭難事故

今年2月に北海道積丹岳でスノーボーダーが遭難、救助にあたった道警の救助隊が救助の際に雪庇を踏み抜き二次遭難しました。さらに遭難者をソリで引き上げる途中、隊員が疲労し交代のためソリを木にくくりつけ離れた際に木が折れソリは滑落。悪天候のためそれ以上の捜索を断念し、遭難男性が凍死した事故です。
道警によれば、当時、気温マイナス20度、風速20メートル、視界は5メートル、事故のあった斜面は斜度およそ40度とされています。

遺族が救助に過失があったとして道を相手取り、損害賠償およそ8600万円を求めて提訴しました。
ネットではずいぶん話題になっているようですね。
少なくともネット上では遺族を非難する人が圧倒的多数のようです。自己責任がいつも必要以上に強調されるネットの世界ですから当たり前の反応でしょう。

この事故とそれに関する民事訴訟を客観的に見てみると、昨今の医療過誤に関する民事訴訟と似通っている部分が多いなと思います。人の命をあずかる仕事といわれるパイロットや運転手との違いは、医療でも山岳救助でも放置すれば死んでしまう人が対象という点です。医療や山岳救助では一瞬の判断の積み重ねが100点満点でも命を救えないことがあるでしょうし、80点であれば尚更です。いつも100点の自信がある医療関係者や救助隊員はごくわずかでしょう。冬山に入るのは遊びですから当然、自己責任であり救助隊員には責任がないと、今回は多くの人が訴えた遺族を非難しています。じゃあ何で患者が病気になったことに責任のない医療者はいつも責められるんでしょうね。

山についてはまったくの素人のわたしですから自分では判断できませんが、今回の救助隊の装備、力量は日本アルプス、富山県に配置されている救助隊とは差があると言われているようです。なぜ北海道の救助隊がアルプス並みではないのかもよくわかりませんが、登山者の数、事故の件数の違いによるのかもしれませんし、単に貧乏な北海道にそんな余裕がないからなのかもしれません。

救助隊の格差の理由はわからないにしても、医療で言えば首都圏の巨大なセンター病院と地方の中核(とは名ばかりの)病院と例えていいでしょうか。同じレベルを期待する気持ちはわかりますがね・・・。

医療においても山岳救助においても、現場の一瞬の判断が重要なのは言うまでもありません。山岳救助においては隊員の生命も危険に晒されているわけですから、医療においてより判断は困難なものになるでしょう。現場にいない人間があとから暖かい部屋で、救助隊の判断は間違っていたと判断するのは救助隊員にとって過酷だなと思います。医療においては患者さんが不幸な結果に終わった場合、徹底的に今後につなげる議論を行う慣習が古くからありました。これはだれかを非難するためのものではありませんた。しかし、一般の人の多くや司法関係者は検証の中で100%でないことがあれば賠償せよと考え、多くの医療者はそれを理不尽なことと思っています。

なぜ都会と同じ医療を地方で提供できないのか?命に格差があるのか?と言われますが、病院を黒字にとか経営を効率化せよと言っているのと同じ口からこれが出てきたらダブルスタンダードもよいところです。万全の体制を敷くならばお金が必要です。病気と違って冬山で遭難する可能性があるのはほとんどの場合好きで行く人だけですね。真のプロフェッショナルである山岳救助隊を全国各地に配置するのが目的であれば、今回の訴訟はずいぶんやり方が変と思います。道に損害賠償でお金を要求するのではなく、山に入る人たちがお金を道警に寄付するのが筋じゃないでしょうか。

少し皮肉が過ぎるかもしれませんが・・・医師を過失致死で逮捕までした警察は今回の事故について捜査をおこなっているんでしょうか?内部の判断だけで過失なしを認定したわけじゃないですよね。

人が死んだのだからどこかに必ず過失(100点満点じゃないこと)があって、だれかに責任を取らせなければいけないと言う考えはもう止めちゃいけませんか?
最後に今回救助に当たった隊員を心から気の毒に思います。警察はしっかりと心のケアをお願いします。

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